第七百九話
その日の夜、関中佐が迎賓館を訪れた。会話が漏れない方が良いだろうと思い玉藻になって迷い家に通す。中継機も切ったので、ここでの会話が漏れることはあり得ない。
「玉藻様、急な話で申し訳ないのですが明後日に記者会見を開催させて貰えないでしょうか」
「やる事もやりたい事も無い故、それは構わぬ。明日でも良いくらいじゃ」
「ありがとうございます。我ら情報部が事件の事後処理で忙しく、何の情報も出していない為世間の不満が高まりまして・・・」
本来ならば広報部の仕事だが、広報部は俺に関して何の情報も持っていない。情報部に問い合わせようにも、部員は全員修羅場の真っ只中だ。
マスコミや世論から玉藻様の情報を出せと突き上げられるが手持ちの情報は無く、それを握る情報部は多忙でそれどころではない。
「広報部の部長が中将に泣きつきおったか?」
「ストレスで胃に穴の二つや三つ空いているかもしれませんな」
記者会見は以前に開催を頼まれていたから構わない。だが、中佐が多忙な中態々ここを訪れたのはこれが本命ではないだろう。
「して中佐、本題は妾が見舞いに行った件じゃな?会見の要請など電話で済む話じゃ」
中佐は何も言わず、ただ俺を見つめている。無表情を貫いているのに、俺には泣きそうになっているように見える。
「聞いているやもしれぬが、緒方元少将からは何も聞いておらぬよ。林原さんは承知の通り目覚めておらぬ。彼らからは何の情報も得てはおらん」
「それは承知しております。しかし・・・」
「中佐、そなたは優秀な軍人じゃよ。良くも悪くも、のぅ・・・」
中佐が感じているだろう不安や葛藤。それを除いて少しでも安堵させてやらないと中佐は潰れてしまいそうだった。
「組織について中佐が知っていたとして、中佐に取れる選択は上への報告。それしかない筈じゃ。そして中佐はそれを行った。違うかえ?」
「・・・その通りです」
情報部の軍人が知った情報をどうするか。細大漏らさず上に報告するの一択だ。外部に漏らすなど論外で、誰かに相談したり外部の機関に知らせるなど以ての外だ。
「スキル、若しくは人体を強化する研究。上手くいけばダンジョン攻略に大きな力となるじゃろう。大方上層部は静観と指示を出したのではないかえ?」
中佐は何も言わずにただ首肯する。ここまでの推測は合っているようだ。俺は更に話を続ける。
「陸軍は金も資材も出さんで成功すれば成果を横取り出来る。そんな美味しい話、潰す理由が無いじゃろうからのぅ」
監視だけはしておいて、強化の方法が確立されたら検挙してデータを押収する。それが陸軍上層部が描いた絵図面。
「そして、中佐はそれに従うしか無かった筈じゃ。中佐に取り締まる権限は無い上、それが可能な警察への通報もできまい。職務上得た情報を他の機関に漏らせぬ故な」
そう、中佐はそれを止める手段を持たなかった。それが可能な機関への通報も職務規定により阻まれて出来なかったのだ。
残酷な実験により多数の犠牲者が出ている。それを知りながら何も出来ない自分。中佐の葛藤と苦悩は如何程だっただろうか・・・




