第七百八話
部下の安否が不明と聞いた緒方元少将は落胆したようだった。軍から逃げた後ずっと行動を共にしていたそうなので、情が移っているのだろう。
「無事でいてくれれば良いが・・・おお、儂ばかり質問してしまってすまんな。聞きたい事があれば聞くがいい。儂が知る事なら何でも答えよう」
「では、質問ではなく要望をさせてもらうかのぅ。軍がお主にどんな裁定を下すかは分からぬ。じゃが、自由の身となったなら罪に問われるような事はせなんで欲しいのじゃ」
俺の願いを聞いた元少将は、暫し呆けた後に大声で笑いだした。涙を溢しながらの大笑いで、笑いすぎて呼吸困難を起こしそうになっていた。
「組織の事ややってきた犯罪行為など、聞かねばならぬ事は山程あるだろうに。それを全く聞かずに儂の行く末の心配だと?お人好しを通り越して神か仏かと呆れたぞ。すぐに神使だと思い出して可笑しくなったわ」
「言うたであろう、妾は見舞いに来ただけじゃと」
「言っておったが、本当にただ見舞いに来たとは思わんだろうに。儂を笑い殺す気か?」
楽しそうに笑う緒方元少将は、以前会った時とは完全に別人だ。これなら心配は無いだろう。
「これ以上笑わせて笑い死にされては困るでな。そろそろ退散する事にしようぞ」
「ああ、神使殿。暫しお待ちを」
良い雰囲気のまま帰ろうとしたのだが、元少将に呼び止められた。元少将はベッドの上で居住まいを正す。
「以前吐いた暴言、本当に済まなかった。謝って許されるとは思っておらぬ。だが、これだけは言わせて欲しかった」
「緒方殿からの心からの謝罪、確かに受け取ったぞえ。また会う日まで息災にのぅ」
頭を下げたままの緒方元少将をそのままに、病室から退出する。今緒方元少将が流している涙は見るべきではない涙なのだ。
「待たせてしまったのぅ。出入り口まで案内を頼むぞえ」
「たっ、玉藻様!こちらで御座います!」
玉藻の姿になって出てきた俺を見て、医師と看護師は半分パニック状態になってしまった。滝本優が玉藻だと知ってはいても、見た目が優なので実感が伴わなかったのだろう。
緊張の為か手と足が同時に出ている医師と看護師に先導されて分厚い扉まで戻ってきた。来た時と同じように掌紋と顔認証を読み込ませる。
「むっ、エラーじゃと?」
認証装置の画面にはエラーが表示され、扉は開かれなかった。何度か試してみたが受け付けてくれない。
「玉藻様、もしかして入る時はその御姿ではなかったのでは?」
「あっ・・・」
医師に指摘され、妖狐化と女性体を解いてもう一度試した。今度は認証されて、扉はちゃんと開いてくれた。
「玉藻になって顔が変わっていれば、そりゃ開くはずが無いよなぁ・・・」
医師と看護師さんは、何と答えて良いのか分からず無言を貫く。下手にツッコミを入れて不興を買ったら、なんて思ったら答えられないなぁ。
ロビーを通った時、窓際で数人の医師が正座しているのが見えた。首から下げる札に「私は神使様とその御尊父様に横柄な態度をした愚か者です」と書いてあったけど・・・見なかった事にして良いよね。




