第七百七話
「こちらになります」
「ありがとうございます。戻る道は覚えていますから大丈夫ですよ」
新たに合流した医師と看護師さんの案内で緒方元少将が入院しているという病室に到着した。俺は二人に通常業務に戻るよう伝えた。
この人達は元から予定されていた案内人ではない。急遽来てもらった人達なのでやらねばならなかった仕事があった筈だ。
「いえ、お気になさらずに。診察は他の者に頼みましたので」
「神使様に無礼を働いた者達が来た場合に食い止める仕事もありますので」
「・・・それでは頼みます」
それを言われると強く断る訳にはいかない。病室の前に二人を待たせて中に入る。扉は防音という事で、ノックしても中には届かないらしい。前触れなしに突入する。
「むっ、誰かと思えば滝本中尉か。神の使いが直々に尋問か?」
「林原さん・・・あの少女の見舞いに来たのでね。ついでに見舞いに来ただけですよ」
林原さんが元少将に自己紹介をしていなければ、名前を告げても分からないと思い言い直した。反応を見るに、彼女の名前までは知らなかったようだ。
「顔色も良くなっていますね。順調に回復しているようで何よりです」
「お主が早々に解決してくれたお陰だな。掛け値無しで危なかったそうだ。礼を言わせてもらう」
市ヶ谷で会った時には尊大な態度だった元少将と思えぬ態度だった。逃げていた間に彼を変えるだけの出来事があったのだろう。
「あの少女は無事なのか?あの事件で被害者は?ここは外部の情報が入らんのだよ」
「俺は軍の任務ではなく私用で来たので、それを教える権限を持っていません。だから教える訳にはいきませんよ」
軍が元少将に尋問する時、彼が情報を知らない事を利用して口を割らせるかもしれない。その時に俺が教えてしまっていたら、結果的に尋問を妨害した事になってしまう。
「・・・と言いつつ教えるのじゃがな。林原さんは昏睡状態で目覚めておらぬ。そして、彼女とお主以外は軽傷者が出た程度じゃ。お主の機転が多くの人々を守ったのじゃ」
最初に炎弾が撃たれた時、緒方元少将がスキルで林原さんの体勢を崩さなかったら結構な数の死傷者が出ていただろう。それを防いだ功績は評価されなければならない。
「舌の根も乾かぬうちに言っているが、大丈夫なのか?」
「妾は軍の者ではない故な。滝本優は軍の規律に縛られるが、妾は縛られぬ」
滝本優と玉藻は同一人物なので完全に詭弁だが、それを主張した場合玉藻を罰する人間はまず居ないだろう。
それに、元少将にはああ言ったが尋問は行われても形だけになるだろう。俺の推測が正しければ、緒方元少将が握っている情報は関中佐が知っている筈だ。
「そうか、情報の提供に感謝する。ついでに儂の副官が居た筈なのだ。安否は分からんか」
「運転席から逃げた男じゃな。妾はすぐにお主らの方に行ったでな。すまぬが彼の事は分からぬのじゃ」
俺と関中佐が乗っていた車を運転していた先輩、関中佐は彼は事後処理にあたっていると言っていた。しかし、現場に先輩の姿は見えなかった。
恐らく、先輩はその副官を追って行ったのだろう。その後は聞いていないので俺にも分からない。落ち着いたら情報部に顔を出さないとな。




