第七百五話
赤灯を点けサイレンを鳴らした車両に前後を挟まれ赤信号も無視した俺達はスムーズに陸軍病院へと到着した。病院前では陸軍による防御態勢が築かれており、物々しい雰囲気になっている。
「もしかして、今後優が何処かに行くといつもこうなるのか?」
「冗談じゃない。これでどうやって陸軍中尉としての任務をこなせと言うんだ?」
これは俺が玉藻と判明した事により起因する一過性の過剰反応だと思いたい。そうでなければ俺は何処にも出かけられなくなってしまう。
「お待ちしていました。どうぞこちらに」
白衣を着たここの医師が数人出迎えてくれた。挨拶の言葉は丁寧だったが、両親を見る眼差しには憎悪と言って良いレベルの敵意が滲んでいた。
「父さん、あの医師達と何かあったの?」
「いや、初対面だ。だがな、嫉妬からああいった視線で見られる事はままあるからな」
彼らは学生時代に学んだ内容と医師となり積んできた経験を基に、検査で得られた患者さんのデータを見て診断を下す。
しかし、父さんはそういった内容をすっ飛ばして手に触れただけで病状から病因まで見抜いてしまうのだ。
自分達は長年努力と苦労を重ね医師となってからも研鑽を続け、最新の医療機器の力も借りて行っている診断がスキルという超常の能力だけでいとも簡単に行われる。
それを考えたらそんなスキルを保持する父さんに敵意を覚えても不思議ではない。しかも今回は、自分達で原因を掴めない為父さんのスキルに頼るのだ。
だが、父さんだってスキルに頼っている訳では無い。きちんと勉強をして医学部を卒業し、正式に医師免許も取得している。
スキルを使わず彼らと同じ方法での診断もちゃんと出来るのだ。それを無視して敵意を向けられるのも納得いかない。
「お手数ですが、入場の登録をお願いします」
考え事をしながら進んでいると、固くて重そうな扉に行く手を閉ざされた場所に出た。この先に訳あり患者を入院させる病棟があるらしい。
両親と俺が掌紋と顔の画像データを登録すると扉が左右に開いていく。それを通ると前方には同じ扉が鎮座している。
通過した扉が閉まり、全員が次の扉に掌紋を読ませ顔をカメラに写すと扉が開いていった。病院の施設としては大仰だが、軍の施設でもあるのだ。
「この部屋です。どうぞ」
案内された病室に入ると、一人の少女がベッドに横たわっていた。林原さんは点滴を打たれ幾つかの機器に繋がれていた。
「各バイタルは正常。脳波の乱れもなく脳の損傷も確認されていません。しかし刺激への反応が無く意識も無いまま戻る気配もありません」
「脳への分泌物は・・・」
「それも検査した限りでは正常の域から出ていません」
質問しようとした父さんに被せるように答える医師。社会人なのだから、表面だけでも取り繕う事を覚えようよ。
「ではスキルによる診断を始めます」
あっ、父さんが会話する事を諦めた。多分、こういう事が頻発したから対応に慣れてしまったのだろうな。




