第七百二話
「戻ったのに視線の量が変わらない・・・」
士官学校の玄関で優に戻ったものの、玉藻の時と受ける視線が変わらない。滝本優が玉藻だと知れ渡っているからだろうが、見られるだけで話しかけられない分マシだ。
「あっ、来た!」
「おっ、おはよう・・・」
教室に入った途端生徒たちの視線が集まる。気圧されながらも挨拶して席に着くと、すぐに周囲に集まってきた。
「中尉殿が玉藻様って本当ですか!」
「あ、ああ、本当だ」
「昨日の事件の動画見ました、格好良かったです!」
「そ、そうか。ありがとう」
次々と質問され、答えられる物には答えていく。あの炎人間は何なのだと聞かれても、こっちが知りたいくらいだ。
「こらこら、気持ちは分かるが席につけ。予鈴は鳴っているからな」
質問に夢中で予鈴が鳴った事も教師が入ってきた事も気付かなかった生徒達が慌てて席に着く。ホームルームの最後に教師からも質問された。
「滝本中尉、中尉は神使様との事だが学校はどうするのだ?」
「それは軍の方に聞いてほしいですね。尉官に任官するのに必要との事で在籍しているのですから」
尉官という身分を与えるのに必要だからと軍に言われて在籍しているので、軍が必要ないと言うのなら情報部の軍人として活動するだけだ。
「神使様が士官学校生だなんて前例が無いからなぁ・・・」
「それを言ったら、中尉任官された軍人が士官学校生というのも前例は無いのでは?」
これまでに参考になる前例が無いのだから、新たに扱いを決めてもらわないとならない。人事部の人達、ストレスが溜まりまくりだろうな。
「現場実習は必要ないとして、通常授業はそのまま受けてもらうのが妥当か。お前達、あまり質問して中尉殿を困らせるなよ」
軍上層部の判断が下りるまでこれまで通りの扱いとなったが、授業に来た教官が俺を意識して凄くやりにくそうだった。
それでも何とか授業が終わり、情報部に顔を出す。例の事件で確認したい事が幾つかあったからだ。
「中尉、一昨日はお疲れ様!」
「災難だったなぁ。それもこれも中佐が悪い!」
先輩方は土曜日の事件を労い慰めてくれた。それらに礼を言いつつ部長室に入る。
「中佐、幾つかお聞きしたい事があるのですがよろしいでしょうか?」
「滝本中尉・・・いや、正体を公表した以上、玉藻様とお呼びするべきで?」
「この姿の時は今まで同様中尉でお願いします」
優の姿で玉藻と呼ばれるのは、何となく違和感を感じてしまう。滝本中尉と呼ばれた方がしっくりする。
「林原さんと緒方元少将の容体は如何ですか?」
「少女は昏睡状態で意識がなく、面会謝絶となっている。緒方元少将は命に別条がない所まで回復したそうだ。元少将には尋問も開始されている」
元少将が助かったのは朗報だが、林原さんの意識が戻らないというのが心配だ。面会謝絶ではお見舞いにも行けないし心配だな。




