第六百八十九話
「滝本中尉、明日の朝から視察に同行してほしい。中尉の意見を聞きたい案件があってな」
「了解です。内容を事前に伺う訳にはいきませんか?」
「実は調布に飛行場を建設しようという案があるのだ。小型機の発着が可能な小飛行場を点在させる事により、有事に人や物資を運びやすくするのが目的だ」
前世でも調布に飛行場があった。あれは国ではなく東京都が運営していたと記憶しているが、この世界では陸軍が運営する事になりそうだ。
「渋滞に影響されない輸送網の構築は有効だと思います。是非同行させて下さい」
「休日出勤な上に早起きをさせてしまうが頼む」
中佐が視察に俺を同行させるとは珍しいと思ったが、特に断る理由もないし承諾した。と言うより、上官から命令される軍務なので断るという選択肢は無い。
土曜日、指定された時間に来た車に乗り込むと、関中佐が座っていた。そのまま調布に向かうようだ。
「これは政府筋からの依頼でな。航空機の有用性に気付いた政治家が自分達も使えるようにしろと言ってきたそうだ。だからと言って軍の飛行場を使わせる訳にはいかん」
「それで新たに軍と切り離した飛行場を建設する事になったのですね」
「そうだ。調布以外にも成田と筑波、桶川でも用地の買収や整備が始まっている」
前世でも飛行場やヘリポートがあった場所ばかりだ。距離や利便性を考慮したらその場所が合理的なのだろう。
「結構大掛かりですね」
「将来大型機を運用する事も見越しているそうだ。筑波も同じような規模で、成田はもっと大きいらしい。桶川だけは河川敷なので小規模になるがな」
前世の調布飛行場も戦後米軍に接収された時に非舗装滑走路を潰されて狭くなったそうだから、元々はこれくらいの規模だったのかもしれない。
林や竹林を薙ぎ倒し、建物が壊されていく現場を中佐と共に見て回る。飛行場の建設現場とはいっても、まだ用地の整備段階なのでやっているのは整地だけだ。
「さて、そろそろ戻ろうか。中尉から何か意見はあるかな?」
「いえ、特にありませんね。どんな飛行場になるのか、とても楽しみです」
ただ整地されていくだけの現場を見学して意見も何もありはしない。当たり障りのない返事をしておくことにした。
「中尉、喉が渇いただろう。少し休んでから戻るとするか。中野に美味いコーヒーを出す喫茶店があるんだ」
「中佐、書類が溜まっていますからあまり寄り道しないで下さいよ」
市ヶ谷に戻る途中、中佐の提案で寄り道する事になった。運転している先輩は文句を言いながらも進路を中野方面に変更した。
「これは美味しいですね」
「だろう、寄り道する価値がある味だよ」
中佐お勧めの喫茶店で出されたコーヒーは確かに美味しかった。しかし軍服を着た男二人は喫茶店の店内では凄く目立つ。今度来る時は私服で来よう。
「むっ、すまんな中尉、仕事が入った。サボりはここまでだ」
「中佐、サボりと自認してたのですね」
中佐のスマホに着信が入り俺達は車に戻る。帰る道中は順調だったが、新宿駅近くで渋滞にはまってしまった。この付近は人も車も多い。車の流れが滞るのは仕方ない。
「中佐!」
運転手をしている先輩が叫ぶ。前の方で止まっていた車から運転手と後部座席に乗っていた人が降りて逃げ出したのだ。
何が何やら分からない俺達が落ち着く前に事態は動いた。人が逃げ出した車から目も眩むような閃光が発せられ、炎の柱が立ち上ったのだった。




