第六百六十二話
「陸軍の庇護下にあるにも拘らず、滝本先生や滝本中尉に干渉しようという家は少なからずあるのですわ。当家は陸軍と連携してそれを撥ね付けておりましたの」
「そ、そんな事が・・・黒田侯爵様には何とお礼をすれば良いのか」
「滝本先生、これくらいではお姉様をお救いいただいた恩に全然足りておりませんわ」
迎賓館に移って以降、マスコミの取材攻勢はあれど華族関連は何もなかったから安心していた。まさか黒田家が暗躍しているとは思ってもいなかったな。
父さんが黒田侯爵様へのお礼を口にしたが、黒田侯爵令嬢はやんわりと辞退した。
「お父様、そうなると山本伯爵家との縁が切れたのは幸いではなくて?」
「そ、そうだな・・・」
どこか嬉しそうな前田侯爵令嬢。対して微妙な表情の前田侯爵様。侯爵様は友人との縁が切れてしまったのだから悲しい気持ちもあるのだろう。
「ですわね。前田先輩が山本先輩の婚約者のままでしたら、うちは兎も角陸軍との連携は出来ませんもの」
「陸軍との連携が出来ない・・・あっ、山本伯爵家は海軍閥か」
山本と言うと真珠湾攻撃を企画・実行した連合艦隊司令長官が有名だけど、山本伯爵家の祖は海軍大臣から総理大臣になった山本権兵衛だった。
日露戦争前に天皇陛下から連合艦隊司令長官は誰が良いかとの御下問を受けた山本権兵衛は、運が良いからという理由で東郷平八郎を推挙。山本家は伯爵家に叙されたのだった。
この世界では日露戦争は起きていないしダンジョン転移時には少将で海軍大臣にもなっていない筈だが、前世のように出世して叙爵されたのだろう。
「海軍閥の貴族家長男が陸軍軍人に求婚するって・・・」
「一般人でも完全にアウトだってわかるわ」
母さんと舞も呆れているが、それをあの場でやった山本君のダメダメさは致命的と言える。黒田侯爵令嬢や前田家の方々も苦笑いするばかりでそれを窘めようとしない。
帝国大学中等部と高等部には、上流階級の上澄みと言える家の子弟が集まっている。学院祭にはその父兄が見学に来ていた訳だ。
つまり、そんな方々が集まる場で海軍閥の伯爵家長男が護衛任務中の陸軍中尉に対して愛を叫んだのだ。これは小説や漫画でも「現実味がない」としてボツにされるような非常識な行為だ。
「まあ、婚姻前に縁を切る事ができたのは幸いでした。滝本優様、今後は何かとよろしくお願いします」
「お前、親友と縁が切れた父さんの心情という物をだなぁ・・・滝本殿、今後何かあれば我が家も力になりましょう。お困りの時はこちらに連絡をいただきたい」
前田侯爵は冷たい令嬢に抗議したい様子だったが、滞在を許可された時間の刻限が迫ったので連絡先を置いて帰っていった。
「黒田侯爵様といい関中佐といい、うちは良い人達との縁に恵まれているな」
「そうですね。侯爵家と陸軍の庇護が無かったら、うちは今頃どうなっていたのでしょうね」
父さんと母さんの意見には同意しかない。陸軍にはダンジョン関連で恩返しするとして、黒田侯爵家には何か考えておかないとね。




