第六百六十話
警告を受けた男性は、俺の数歩手前で止まり膝をついた。俺は男性への警戒を保ちながらもアーシャの方に振り返る。
アーシャが小さく首を横に振ったので、彼は武器等を所持してはいないことが確定した。だからと言って警戒を緩めるつもりは全く無い。
「私は山本伯爵家の者です。突然の事で驚かれている事とは思いますが、どうかお聞き届け願いたい。何卒、何卒私の伴侶となって頂きたいのです・・・滝本優さん!」
いきなりの告白に、俺の頭はフリーズして反応する事が出来なかった。警視庁の護衛部隊も想像の斜め上を行く告白にフリーズしたのだろう。無線も沈黙している。
「お待ちなさい、それは見過ごす事は出来ませんわ!」
「口を出さないでくれないか、婚約を解消すれば俺と君は赤の他人だ。君には俺の恋愛事情に口を出す権利はない!」
「いや、華族としての義務を放棄する奴が権利とか語るなよ」
婚約者の女性による介入を一蹴した山本君だが、野次馬の誰かが容赦ないツッコミを入れる。しかし山本君はそれを無視して立ち上がり、女性と対立する姿勢を見せる。
「そうもいきませんわ。平民の方は華族の圧力に逆らえませんもの。嫌でも貴方の告白を受ける事になりかねませんもの」
山本君がどうだかは知らないが、華族によっては家の力で平民を従えようとする者が居るというのも事実である。実際、うちはその脅威に晒された過去がある。
「しかも、相手が私の想い人では黙っていろという方が無体ですわ。好いた相手が不幸になるのを見過ごすなんて出来ません!」
「おい、何で不幸になるって断定するんだよ!」
女性の追撃に反論する山本君。ちょっと待て、今、とんでもない事をさらっとカミングアウトしなかったか?
「では答えて下さいませ。貴方、男性からプロポーズされて嬉しいのかしら?」
「俺はノーマルだ!男に告られて喜ぶような性癖は持っていない!」
「それが答えですわ。滝本様は女性になれるとはいえ男性です。普通に考えれば同性に結婚を申し込まれて嬉しい筈がありません」
二人のやり取りを聞いた野次馬の視線が俺に集まる。女性の展開した理論が正しいのかを確認したいのだろう。
その中の一部女性の視線に期待が込められた物があったような気がしたが、俺は普通の性癖なので腐界の住民ではないからね。
「確かに俺は女性になれる。だが、婚姻するならば相手には女性を選ぶ」
俺の答えを聞き悔しそうにする山本君と、対照的にドヤ顔で勝ち誇る女性。ニックとアーシャまでホッとしているような気がするのだが、気の所為かな?
「陛下、そろそろお戻りになる時間です。移動しましょう」
「う、うむ。では先導を頼む」
そろそろ迎賓館に戻る時間なのでニックとアーシャに移動を促す。これ以上この茶番に付き合いたくないという私情は入っていない事を明言しておく。
尚、その後帝国大学にてこの婚約破棄騒動が話題を独占したそうだ。関中佐、もし帝国大学に関する任務が入っても他の人を派遣して下さいね!




