第六百五十八話
優「おい、ジャンルをローファンタジーから恋愛やヒューマンドラマに変更する気か?」
作者「時折婚約破棄ものを書きたくなるんだよ」
当事者になったら面倒だけど、端で見ている傍観者なら面白い見世物だよね。
「録音では感じられない感動がありましたわね」
「そうだな、また機会があれば聞きたいものだ」
ゲストとして招かれていた有名歌手の歌声を特別席で観賞したニックとアーシャは上機嫌だった。かく言う俺も、言葉にはしないが生歌ならではの迫力に感動している。
学院祭の時間も残り少なくなり、このまま何事もなく終わるかと思われた。しかし、そうは問屋が卸してくれないようだ。ほど近い広場から叫び声が聞こえてきた。
「それ、本気で言っていますの?」
「ああ、俺は本気だ。何度でも言う。俺は真実の愛を見つけた、君との婚約は解消させてもらう」
俺は騒ぎの方向に体を向けてニックを守る体勢を整える。しかし、そちらに意識を向けながらも他の方向への警戒も怠らない。
騒ぎを起こして護衛の注意を引きつけ、他の方向から攻撃を仕掛けるというのは使い古された奇襲の手口だ。
「誤解しないで欲しいのは、君に落ち度や不満があるという訳では無いという事だ。君以上に愛しい存在が出来た。ただそれだけなんだ」
「私達華族の婚約は家同士の契約よ。それを勝手に違えると言うの?」
「俺達の婚約は双方の親の仲が良かったから結ばれたに過ぎない。家の利害が絡んでいない以上、白紙に戻しても影響は無いに等しいだろう」
どうやら双方の親が親しく、生まれてきた子供を婚約者にしたようだ。しかし、男性に好きな相手が出来たので女性に婚約の解消を告げたと。
「現状、周囲に異常はありません。問題の男女に野次馬が集まっていますが、陛下と殿下に意識を向ける者は確認出来ません」
「了解です、こちらも警戒を強めます」
警官の報告ではこの騒ぎに乗じて襲撃が来る気配は無さそうだ。だからと言ってこんなカオスな状況に付き合う必要はない。
「陛下、この場を離れた方が・・・」
「彼らは私達の先輩です。どうなるのか見届けたいと思います!」
ニックに離れる事を提案しようとしたが、目をキラキラ輝かせたアーシャにぶった切られてしまった。舞もこの場に残りたそうにしている。
「女性はこの手の話が好きだからね。滝本中尉、諦めよう」
「・・・皇帝陛下の仰せのままに」
ニックが残ると判断したのならそれに従うしかない。主の我儘を通して主を危険に晒すのは護衛として失格だが、現状この場は危険と言える程の状況でもない。
「で、貴方の想い人とやらはどこの家の方ですの?」
「彼女は平民だ。勘違いしないで欲しいが、彼女は俺の想いを知らない。俺の一方的な片想いだからな!」
男性は想い人から誘惑された訳では無いと強調した。女性の家が華族が平民に婚約相手を取られたと報復する事を恐れたのだろう。
もし彼が言う通りだとしたら、平民女性はかなり迷惑なとばっちりを受ける事になる。普通に暮らしていたら見知らぬ華族に見初められ、その婚約者の家から報復されるなんてたまったものではない。
知ってしまった以上、平民が華族に理不尽な攻撃を受けるのを見逃すのも寝覚めが悪くなる。この顛末、見届けた方が良いかもしれないな。




