第六百五十六話
帝国大学の駐車場に黒塗りの高級車が滑り込む。停止すると同時にスーツを着た男達が取り囲む。その外側に十人程度の男性が緊張した表情で車を凝視していた。
車を囲んだ男のうちの一人が後部座席のドアを開けた。開かれたドアから降りた俺は周囲を囲むのが警視庁から派遣された警護要員である事を確認し、その外側に居るのが学院の理事達だと確認した。
「陛下、周囲には関係者以外おりません」
警備に問題がない事を告げると車内から制服姿の舞が降車し、次いでアナスタシア皇女殿下、最後にニコライ皇帝陛下が駐車場に姿を現した。
「ふむ、ここがアナスタシアが通っている学院か」
「ええ。ですが私達が通う中等部はあちら、学院祭が行われる高等部と大学部はあちらです」
護衛という他者が居るのでニックとアーシャは公的モードになっている。当然、俺と舞も話す時はいつもの口調ではなく相応の言葉遣いをする。
「皇帝陛下にご来場いただけるとは光栄の極みで御座います」
「アナスタシアが通う学院を一度見ておきたいと思うておった。学院祭、楽しみにしておるぞ」
「それでは会場にご案内致します」
護衛達が距離を取り、理事達が開会宣言が行われる広場に先導する。俺はニックの、舞はアーシャの側につき万が一に備える。
「それでは理事長より学院祭開会のお言葉をいただきます」
「今年も学院祭を開催出来た事を嬉しく思う。年に一度の学院祭を楽しんで欲しい。尚、今年はニコライ皇帝陛下とアナスタシア皇女殿下が見学される。その栄誉を噛み締めるように」
理事長の挨拶が終わると同時に広場に姿を現したニックとアーシャに、学生やその家族達から大きな拍手が送られた。二人は笑顔で手を上げてそれに応える。
「それでは、帝国大学学院祭を開始します」
理事長が開始宣言をすると、集まっていた人々はお目当ての展示を見に行く者達と俺達を遠巻きにする者達に分かれた。
「これは思わぬチャンスだな、まさか皇帝陛下が来られるとは」
「何とかお話をして接点を・・・」
俺達を囲むのは、中等部や高等部に在籍する生徒たちの親族だろう。この学院、中等部と高等部は上流階級の子弟が集まっているからね。
普段表に出ない皇帝陛下と遭遇するという好機をモノにしたいけど、下手に話しかけて不興を買っては元も子もないと機会を窺っている。そんなところか。
「陛下、こちらが案内図になります。何処に向かいましょうか」
「特に目当てとする場所はない。近い場所から順に見てみよう」
事前に渡されていたパンフレットをニックに渡してどこから見るかを聞いてみたが、特に目当ては無いと言われた。
「こちら滝本。最寄りの入り口から校舎に入り近くの教室から見学されます」
「了解。先行チームは至急向かうように」
俺はインカムで警視庁の護衛にこれから陛下が見学される場所を伝えた。さあ、皇帝陛下の護衛の始まりだ。




