第六百五十五話
「滝本中尉、三週間後に護衛任務を頼む」
情報部に出頭すると、関中佐から任務を頼まれた。護衛する対象はニコライ皇帝陛下とアナスタシア皇女殿下。
「陛下と殿下は公務として帝国大学の学院祭を見学される。中尉はお二人に同行してくれ」
警視庁からの警護も出るが、彼らは気付かれぬよう周囲を固めるのだとか。
「表立った警護が俺だけなのは、何か理由があるのですか?」
「公務と言ってはいるが、陛下と殿下の息抜きの意味もある。なので側に置く護衛は知己である中尉だけとし、ストレスが少なくなるようにとの配慮だ」
迎賓館で缶詰め状態のニックのガス抜きを兼ねているという訳か。実際は迷い家でエンジョイしているが、それは一部の人間しか知らないからな。
「何も無いと思いたいが、前の会見の例もあるからな」
「用心するに越したことはありませんね」
会見の時は記者全員をアーシャの千里眼でチェックする事が出来た。しかし、今回の学院祭は来場者全員を確認するなんて出来ない。
暗器を使ってニックやアーシャを害する意図を持たれたら、警視庁の護衛だけでは防げない可能性が高いだろう。
「皇女殿下の側には舞ちゃんが控える事になるだろう。滝本兄妹の護りを抜くなんて情報部総出でも難しいから、まずお二人の身は安泰だな」
「過分な評価、ありがとうございます。全力で任務を全うします」
最悪、玉藻になって迷い家に避難させれば安全を確保できるのだ。ニックとアーシャに危害を加えられるなど絶対に許さない。
中佐からの連絡事項はそれだけという事で、先輩方に挨拶をして迎賓館に帰る。舞は学院から戻っていたので学院祭について聞く事にした。
「学院祭に来られるのは生徒とその家族だけだよ。私達中等部は出し物をやらないから、来場するのは高等部と大学部の親族が多いみたい」
どうやら完全な部外者は入場出来ないようだ。来るのが身元がしっかりしている人達だけならばトラブルが起きる可能性は低くなるだろう。
「後は、テレビや新聞の取材が来るみたい。去年インタビューされたって子が言ってたわ」
「まあ、天下の帝国大学の学院祭だからなぁ。マスコミの取材も来るか」
となると、公務で見学に訪れる皇帝陛下に取材をしない訳が無い。警戒するべきはそれだな。
「学院側も警戒はすると思うが、あまり当てには出来ないだろう。舞も警戒を頼むな」
「もちろん。アーシャちゃんにもニックおじさんにも掠り傷一つ負わせないよ!」
舞のスキルで守っていれば、生半可な飛び道具なんて通用しないからな。近接防御は俺がついているし、何かあれば警視庁からの護衛もすぐに来るだろう。
でも、何事も起きずにニックとアーシャが学院祭を堪能出来れば一番良い。当日は事件もトラブルもなく平穏に終わってくれれば良いな。
そして警視庁も陸軍情報部も不穏な情報が入る事もなく、学院祭が開催される九月末を迎えるのだった。




