第六百五十三話
夏季休暇が終わって士官学校に登校した。教室に入るなり注目され、席に着いた途端に周囲を囲まれた。
「中尉殿、お話を聞かせて下さい!」
「三十四階層のモンスターはかなりの難敵だったと報道されましたが、どれくらい強かったのですか?」
俺を囲んだ目的は、休暇中に報道された三十四階層の話を聞くためだった。しかし、俺の答えは彼らの期待に添える物ではない。
「俺は二十階層までしか行かなかったからね。三十四階層の事で知っているのは報じられている事と大差ないよ」
「しかし、同じ部隊のメンバーなら攻略パーティーから直接様子を聞いていますよね?」
尚も食い下がられたが、俺は彼らが望んでいるような情報を話さない。下手に報じられていない情報を話して整合性が崩れたら、面倒な事になるかもしれないからだ。
「下の階級の冬馬軍曹が最前線で、上官の中尉殿が留守番ですか。自分なら恥ずかしくて表に出られませんね」
望む話が聞けなかった腹いせだろう。嫌味を言ってきた生徒が居たが、別の生徒に反論された。
「貴様、ダンジョンに潜った事が無いだろう。中尉殿は二十階層に設置されたキャンプを一人で守られていたのだぞ、それがどれだけ困難な事か・・・」
「俺は入学前に家の護衛付きで潜った。屈強な護衛四人が居ても五階層が限界だったよ。それ程ダンジョンは過酷なんだぞ」
複数の生徒から反論された生徒は、少し逡巡した後二人に言い返した。
「お、俺だってダンジョンに潜ったさ。その上で言ってるんだよ!」
「へぇ、じゃあステータスを見せてくれよ。どこのダンジョンの何階層まで潜ったんだ?」
即座に切り返された生徒は顔を青くして黙り込んだ。勢いで嘘をついたが、ステータス画面を確認すればすぐにバレる事を失念していたのだろう。
「ところで中尉殿、前々から疑問に思っていた事があるのですが聞いてもよろしいでしょうか?」
「内容によるけど、何かな?」
嘘をついた生徒が逃げ出した後、辻谷君が質問をする許可を求めてきた。そんな事聞かずに質問すれば良いのに、何を聞くつもりなのだろう。
「中尉殿の実力ならばキャンプの守護ではなく最前線に居る方が良いと自分は思うのです。何故軍は中尉殿を留守番にしているのでしょうか」
「あっ、それは私も不思議に思っていました。一人で何役もこなせるなら攻略パーティーに居た方が良いわよね」
辻谷君の質問は的を射た物で、他の生徒も同じ事を感じていたようだ。それに賛同する声が幾つか聞こえてきた。
「そうだな・・・鉄の短剣と鉄の大剣、モンスターと戦うにあたって強力なのはどちらかな?」
「それは大剣に決まってますよ。威力も高いし攻撃範囲も広いのですから」
生徒たちは口々に大剣だと答えた。確かに短剣より大剣の方が攻撃力は高い。それは間違えていない。
「では、対応したスキルが無い状態で使うとして、いきなり渡されて使うとしたらどちらが上手く使えるかな?」
普通なら重くて重心の制御をしにくい大剣よりも、軽くて振り回しやすい短剣の方が使いやすい。それが辻谷君の質問に対する答えなのだ。
まあ、玉藻の事が言えないから表向きの答えとして考えたものなのだけどね。




