第六百四十七話
「玉藻が冬馬パーティーと組んでいる目的は大きく分けて二つです。玉藻無しでも攻略出来るパーティーの育成と、万が一の保険です」
「しかし、現在の冬馬パーティーでは亀を攻略する事は出来ず、保険にもならないという事か・・・」
冬馬軍曹には厳しい話かもしれないが、それが現実であり目を背ければ彼女らの成長は見込めない。
「その通りですが、それは冬馬パーティー以外でも変わらないでしょう。あの亀は少々強い程度でどうなる物でもありませんし、保険も死を意識しても的確に動ける軍人はどれだけ居ますかね?」
「ダンジョンの作成者は、三十四階層を越えさせる気が無かったのかな?」
鈴置中将がぼやきたくのも分かる。だけど、ダンジョン作成時と今では前提が違うのだ。
「ダンジョンは魔法戦を前提に作られていますから。あの亀も岩塊を躱して距離をとりつつ手足や頭を魔法で撃つのが正しい攻略法でしょう」
全ての人間が魔法を使える世界と、魔法を使える者が少ない世界。その差があの亀の攻略難度を違ったものにしてしまっている。
「成る程、それなら魔法の使い手を集中して投入すれば・・・」
「軍の魔法使いは冬馬軍曹より機敏に動けますか?そうでなければ突進を食らって犠牲者が増えるだけですよ」
ただでさえ数が少ない魔法使いを消耗させてまで攻略する価値があるのか。その前に魔法使いが任務を拒否するか。
「極端な話、三十四階層を攻略しなくても陸軍は困らないでしょう。これまで到達すら出来ていなかったのに氾濫を防げていたのですから」
根本的な陸軍の目的、氾濫を防ぐという使命の為なら三十四階層なんて行かなくても良いのだ。軍が奥を目指すのは、他国との競争に勝ち面子を保つ為と魔石やレアドロップによる利益の為だ。
「だが、ダンジョン攻略を進めるという玉藻様が神々と交わした約束を守る為には必要では?」
「宇迦之御魂神様との約束では、具体的にどこまで進めるかという内容はないのです。だから最深到達記録を二階層更新したのをもって約束達成とする事も出来ます」
最深部に到達してダンジョンの仕組みを変えるというのは、俺個人が抱いた目標にすぎない。それを達成出来なかったからといって何らかのペナルティがある訳では無い。
「しかし、このままだと陸軍は将来困る事になる可能性が高いでしょう。ダンジョンはそこまで潜らなければ良いですが、人はそうもいきません」
「人?何を言って・・・」
「死と直面させられる人・・・まさか、帝国は国同士の戦争になると?」
鈴置中将はさっぱり分からなかったようだが、関中佐は俺が言わんとする事を先に悟った。冬馬軍曹は完全に蚊帳の外状態になっている。
「清やロシア、アメリカが大氾濫の影響から抜け出しつつあります。分裂している清やロシアは兎も角、アメリカは外に目を向けるでしょう」
「復興に向けて民の不満を政府から逸らす為に外敵を作る。使い古された手だが有効な手ですよ」
流石は情報部の長。そういった工作は情報部の管轄だからすぐにピンときたようだ。鈴置中将も冬馬軍曹も鳩が豆鉄砲食らったような顔をしてるけど、そんな事で大丈夫かね。




