第六百三十八話
「油断したのはダンジョンの策として、その後の動揺はいかんな」
「仲間の死に動揺する気持ちは分かりますが、軍人としては・・・」
ニックとアーシャ、皇族二人の諫言に井上兵長と久川兵長が俯く。追い詰め過ぎるのも良くないので、少しフォローを入れておこう。
「それに関しては軍の方針も関係しておると踏んでおる。陸軍では戦闘に適したスキル持ちの勧誘が上手くいかぬ故、実行部隊を失う事を極端に恐れておる」
「成る程、安全を優先した攻略をしてきた結果命を落とす現場に遭遇しなくなった。なので死と直面した時に脆いという訳か」
俺が言いたかった事を途中でニックが気付き言ってくれた。しかし、まだ言いたい事はあるので説明を続けよう。
「命を落とさぬ戦いは戦力の維持には効果があったのじゃろうが、胆力の低下という負債を抱えてしまったようじゃな。あの場に居たのが井上兵長や久川兵長以外の者でもそう変わらんかったじゃろう」
しかし、ここまでとは思わなかった。どうも前世の大日本帝国陸軍の逸話が帝国陸軍軍人に対するイメージを作ってしまっていたようだ。
「どちらにしてもこの先には進めぬ。撮影を行い地上に戻るが最善じゃろう」
「玉藻お姉ちゃん、撮影って?」
「あの亀やクラゲを動画に収めて公表出来るようにせんとな。世界初のモンスターじゃ、資料的な価値も高かろう」
その姿を口頭で言い表すよりは、撮った動画を見せた方が早く正確に伝わるからな。
「撮影は妾のみで行うつもりじゃ。空歩での空中退避や迷い家への避難をしやすいからのぅ」
「玉藻様に任せきりというのは忸怩たる思いがありますが、それが最善だと思います」
冬馬軍曹か悔しそうな顔で同意する。今回は迷い家が間に合ったので事なきを得たが、次も間に合うとは限らない。彼女もそれを自覚しているのだろう。
「と言う訳で、軍曹のスマホを借りるぞえ」
「えっ、私のスマホですか?構いませんが何故です?」
「公式には妾は来ておらぬ事になっておる。コピーした動画で公表するとはいえ、ハッカーの中には元となった動画を撮影した機器を特定出来る者もおるじゃろう」
前世のネットの特定班で、動画や静止画のデータから撮影して機材のメーカーや種類を特定出来る技能の持ち主が居た。この世界にも居るかは不明だが、用心するに越したことはないだろう。
「では、これでお願いします。ロックは解錠しておきました」
「うむ、すまぬが借りるぞえ。亀とクラゲを撮影し三十二階層まで戻ってから帰る故、少し時間がかかるやもしれぬ」
「了解しました。お帰りをお待ちしています」
一先ず井上兵長と久川兵長の事は冬馬軍曹に任せて、俺は動画撮影をしてこよう。そして、先の事も考えなくては。
三人が挫けた場合、最悪一人で進む事も視野に入れる必要がある。他の軍人とパーティーを組んでも同じような状況になってしまう可能性も低くはないのだから。




