第六百三十七話
「さて、事の次第じゃが・・・」
俺は皆に三十四階層であった事を説明していった。これには三人娘に自分達に起こった事態の再確認をさせる意味もある。
「冬馬軍曹、お主は亀の岩塊を躱した事で油断しおったな?」
「はい、まさか亀自身が追撃してくるとは夢にも思わず・・・」
軍曹は言い訳などせず、自らの過ちを素直に認めた。あの岩塊を躱しつつ亀本体の動きも確認しろと言うのは難しい注文だか、それを怠った代償は自身の命で贖う事になるのだ。
「常に気を張っておれ、と言葉で言うのは容易いがのぅ。あれが通常出現するモンスターなら、ダンジョンの製作者はかなりたちが悪かったのじゃな」
「玉藻様、それってどういう事ですか?」
「井上兵長、あの亀が共通するモンスターなのかレアモンスターなのかが不明なのじゃよ。皇居ダンジョンのみに出現するイレギュラーという可能性もあるのじゃ」
それを判別するには他のダンジョンで三十四階層に到達する必要がある。そこでもあの亀が出れば通常モンスターだと確定する。
もし別のモンスターだった場合、更に別のダンジョンで三十四階層に行き、どちらのモンスターが出るか確認する必要がある。
「取り敢えず通常モンスターという前提で話すぞえ。陸ガメと聞いて、どんなイメージがあるかのぅ」
「はいっ、甲羅が堅くて足が遅いと思う!」
俺の問いに舞が元気よく手を上げて答える。他の皆もそれに異論はないようで、首肯して同意している。
「それが一般的なイメージじゃな。故に冬馬軍曹は無意識に鈍足な亀自身が追撃してくるという可能性を排除してしまったのじゃ」
亀は鈍足というイメージを利用して奇襲をかけてきた訳だ。しかも、冬馬軍曹が油断した理由はそれだけではないと思っている。
「九階層の落とし亀も伏線じゃろうな。奴は穴倉から動かず、穴の中での戦闘でも動きは鈍重じゃった。正にイメージ通りの亀さんじゃよ」
「そうか、鈍重な落とし亀を配置する事で三十四階層の亀も鈍重だと思考を誘導したのか!」
ニックが続きを言ってくれたので、その通りという意思表示に首肯する。しかも、仕込みはもう一つあった。
「おまけに三十三階層のクラゲじゃ。奴が倒しやすかった故、余計に気が緩んでおったじゃろう。三十台中盤の階層もこの程度か、とな」
三人娘は揃って下を向いているので、多分当たりだろう。見事にダンジョン製作者の思惑に乗ってしまった訳だ。
「製作者本人に聞くわけにもいかぬが、そこまで計算して作られた可能性が高いじゃろうな。じゃからたちが悪いと言ったのじゃ」
とは言っても、罠などが無い分だけ攻略しやすいと言える。前世のネット小説で読んだダンジョンものの悪辣さはこの比ではない。
「三十台中盤に来て、ダンジョンも本気を出してきたという所じゃろうな。この先はこれまでのような心持ちでは進めぬかもしれんのぅ」
三人はここで心折れるのか、それとも乗り越えてくれるのか。出来れば乗り越えてほしいものだが、果たしてどうなるやら。




