第六百三十六話
井上兵長も久川兵長も、続け様に突きつけられた現実によるショックでただ呆けてしまっている。先程と違い、ここは安全な迷い家の中だ。彼女らの思考が安定して再起動するまで待つとしよう。
「なっ、なっ、な・・・」
先に復活したのは久川兵長だった。次の展開が読めていた俺は両耳を手で塞ぐ。狐耳のフカフカした感触が気持ち良い。
「何で冬馬軍曹がここに居るんですかぁ!」
「何でも何もないわい。冬馬軍曹が跳んだ方向に迷い家の入り口を開けて避難させたからじゃよ」
俺は咄嗟に冬馬軍曹が跳んだ先に迷い家の入り口を開き、ここに避難させたのだ。軍曹と亀の間に障壁として出す選択もあったが、亀が追撃で岩塊を飛ばしてくる可能性もあったので安全と思われるこちらの策を採用した。
「玉藻様、何故それを先に言ってくれなかったのですか!」
「そうです、そうしたらあんな醜態は・・・」
「お主ら、あの状況で妾の言葉を聞けたかのぅ?あんなに取り乱した状況では妾が何を言おうとも頭に入らんかったじゃろ」
二人の抗議に正論で返すと、その自覚はあったようで顔を赤くして沈黙した。
「亀がいつ追撃をかけてきても可怪しくない状態で、そなたらが正気になるまで待つ余裕なぞありゃせんわ」
「「玉藻様の仰る通りです」」
二人とも理解してくれたようで何よりだ。では、まだ呆然とへたり込んでいる冬馬軍曹を正気に戻すとしよう。
「軍曹、いつまで呆けておる。とっとと正気に戻らぬか!」
「えっ、は?ちょっ、玉藻様、揺らさないで揺らさないで下さい!」
肩を掴んで前後に揺さぶると、程なくして冬馬軍曹も正気に戻った。辺りを見回しているが、現状の把握は出来ていないようだ。
「軍曹の回避が間に合いそうもなかったのでな、迷い家の入り口を開いて退避させたのじゃ」
「亀が迫ってきて、もうダメだと・・・玉藻様、ありがとうございます!」
感極まり、大泣きしながら抱きついてきた冬馬軍曹の背中を撫でて慰める。未婚女性に密着する罪悪感は無い訳では無いが、ここは軍曹を落ち着かせる事を優先する。
「落ち着いたようじゃな、母屋に入って休むぞえ。その後は反省会と撤退準備じゃな」
まあ、撤退準備と言っても関中佐にこれから戻る事を報告するしかやる事は無い。荷物を纏める必要もベースキャンプを撤去する必要も無いのだ。
「玉藻お姉さんお帰りなさい。・・・どうしたんですか!」
母屋に戻りリビングに入ると、三人娘の様子に気付いたアーシャが声をあげた。それに釣られて他の面々もこちらに注目する。
「三十四階層のモンスターが難敵でのぅ、危うく冬馬軍曹が死にかけたのじゃよ。間一髪で迷い家に退避させたのじゃが、それに気づかなかった二人が錯乱したのじゃ」
顔を真っ赤にして恥ずかしがる井上兵長と久川兵長。だけど、公開処刑はこれからだよ?覚悟を完了させておいて下さいね。




