第六百三十五話
「今回は随分と分かりやすいモンスターじゃな」
「ですね。でも、これはやりやすい敵だと思います」
三十四階層に降り立った俺達は、すぐにこの階層のモンスターと遭遇した。と言っても、戦闘になった訳ではないのだが。
三十四階層は草原ステージなので見通しが良いのだが、所々にトラックくらいの岩山があるのが見えた。して、よく見るとその岩山に手足が付いているのだ。
「あのカメさん、物理攻撃は効きそうにありませんね」
「魔法も通るか疑問ですよ」
カメさんは防御が固いというのが通説だ。あのカメさんだけ例外、なんて事は無いだろう。
「玉藻様、あれ、どうやって攻略すれば良いと思います?」
「物理攻撃なら甲羅から出ている頭や手足を攻撃しかなさそうじゃ。あの甲羅、分厚そうじゃからな」
面白みもない、誰でも答えそうな回答だが、現実では奇を衒った攻略法などそうそう思い付くものではない。王道は効果があるから多用されて王道になったのだ。
「一番楽なのは相手をせずに避けて通る事ですが・・・」
「先を目指すだけならアリだけど、情報収集もお仕事のうちだから無理ね」
井上兵長の言は尤もだが、久川兵長が言うようにそれは出来ない。情報収集が先駆者の務めだし、情報部の部員が情報を収集せずに素通りしたなんて関中佐に言える筈もない。
「取り敢えず一当てしてみましょう。話はそれからです」
「そうじゃな。あの図体では攻撃方法は限られるじゃろうし、魔法を使う可能性が高そうじゃ。気をつけるのじゃぞ」
まずは攻撃に対処しやすい俺と冬馬軍曹で近付く。亀の顔がこちらを見たと思った瞬間、幾つもの岩塊が亀の周囲に浮いた。
「予想通りじゃな、回避!」
冬馬軍曹は右に跳び、俺は空歩で空に上がって岩塊を避けた。念の為大声で叫んだので井上兵長と久川兵長も気付いて回避した筈だ。
「軍曹、避けよ!」
次弾が来ない事を確認しようと亀を見た俺は顔が引き攣った。岩塊を射出した亀が冬馬軍曹目掛けて駆け出していたのだ。
岩塊を避けて油断した軍曹は、迫りくる亀を見て更に右に跳んだ。しかし亀の動きは想像よりも速く、回避は間に合いそうにない。
「軍曹!」
「冬馬軍曹!」
俺が叫んだ事で井上兵長と久川兵長も亀の動きに気付いたようだ。どう見ても亀を避けられない現状に絶叫した。
亀が軍曹が居た場所を通り過ぎる。そこには薙ぎ倒された草があるだけで、冬馬軍曹の姿は見えなかった。
「冬馬軍曹・・・軍曹、返事をして!」
「いや・・・嘘よね、お願い、誰か嘘だと言って!」
草原に井上兵長と久川兵長の絶叫が響く。しかし、その声に冬馬軍曹からの返事は来なかった。
「ボサッするでない、一度撤退するぞえ」
「いやっ、冬馬軍曹がっ!軍曹がっ!」
「軍曹は生きてるわ、すぐ探さないと!」
俺は迷い家への入り口を開き、錯乱する二人を強制的にその中へ押し込むのだった。




