第六百二十三話
「ねえ、お兄ちゃん。舞だけ場違いじゃない?」
「舞、気にしたら負けだぞ」
関中佐と別れた後、俺達は侍従さんに案内された豪華な部屋で待機する事となった。護衛枠の俺と舞はロマノフ父娘と別室に案内されると思っていたのだが、二人も同じ部屋に居る。
「それに、俺は護衛だし舞は護衛か側近枠だ。陛下の人柄から声を掛けられる事はあると思うけど、会話を重ねる事は無いだろう」
現状、ニックとアーシャは応接セットのソファーに座っているが俺と舞は二人の背後に立っている。それが俺達兄妹が招かれた者ではなく招かれた者の護衛である事を示している。
陛下は気さくな御人柄なので、任務中の護衛にも気遣う言葉を下されると予測している。だからニ〜三言葉を交わすと思うが、会話を続ける事は無いだろう。
「でも、優お兄さんの妹だし・・・」
「侍従長さんは関中佐との話し合いに行くだろうから、陛下には別の侍従が付いてくると思う。事情を知らない侍従の可能性が高いから、俺も護衛として扱うだろう」
陛下は俺が玉藻だと知っているが、俺が玉藻だと知る侍従は居ない筈だ。だから陛下も侍従長さん以外の侍従が居る場では俺を陸軍中尉として接する筈。
「大体、舞はロシア帝国皇女殿下の親友で皇帝陛下と昵懇の間柄だろ?」
「お兄ちゃん、それはそれ、これはこれだよ。それを言ったら以前のお兄ちゃんだって・・・」
俺も天皇陛下に初めて謁見する前には今の舞と同じようになったからな。それを言われると反論出来ない。
なんて話をしていたら、見覚えのある顔の衛士が二人入室してきた。続いて侍従長さんが入り、陛下が入室して扉が閉められた。
「久し振りですね、ニコライ陛下。アナスタシア殿下、危機を未然に防げなかった事、帝国を代表してお詫びします」
「久し振りです、天皇陛下。娘の件は我らも同意しての事です。滝本中尉と舞ちゃんが居れば万が一も無い、そう判断しての事なので気にしないで下さい」
陛下と陛下が挨拶を交わす。想定された茶番だったとしても、帝国の手落ちで皇女殿下の身を危険に晒したのは事実。国として謝罪する必要があった。
「皇帝陛下、そこの衛士も外で扉を守る衛士も玉藻様の事を知っています。会話が漏れる事もありませんのでご安心を」
「そういう訳です。玉藻様も妹さんも座って下さい」
どうやらこの部屋の周囲は玉藻の事を知る者のみで固めてくれたようだ。天皇陛下と侍従長さんは俺と舞を護衛としてではなく神の使徒とその妹として扱いたいらしい。
「では、お言葉に甘えさせていただきます。姿を変えた方が良いですかね」
「そうですね、お願いします」
俺を使徒として扱うなら、見た目を玉藻にした方が話しやすいだろうと思い提案した。陛下が同意したので玉藻の姿に変わる。
玉藻になった俺の横で舞が緊張でカチコチになって座っている。この場の面子が面子だから仕方ないと言えば仕方ない。
わが国の天皇陛下とその側近である侍従長さん。ロシア帝国皇帝陛下と皇女殿下。神の使徒である俺。その中に交れと言われたら、普通の平民だったら全力で逃げ出すだろうからなぁ。




