第六百二十一話
「一つ聞きたいのだが」
「な、何なりと、皇帝陛下!」
今までやり取りを聞いていたニックが高官に話しかける。皇帝陛下直々の御下問に高官は緊張している。
「娘を危険な目に遭わせた組織の長と、何を話せと言うのかね?」
「えっ、えっと、それは・・・」
ニックに問われて答えようとした高官は、答えに詰まり狼狽した。言われてみると、懇談をしても話す内容に困ると気付いたのだ。
今回の事件により皇帝陛下は外務省に対して悪印象を抱いてしまった。なのに外務大臣が一方的に友好的に話した所で白けるだけだ。
そして、事が事だけに事件について触れないという訳にもいかない。それは外務大臣に外務省の失態について皇帝陛下に説明させるという事だ。
「申し訳ありません、大臣に確認せねばならない事項がありますので御前を失礼致します」
「懇談に意味がないどころか、外務省にとってマイナスにしかならない事に漸く気付いたか」
慌てて退室した高官を冷ややかな目で見送る関中佐が呟く。あれは擁護のしようがない。まあ、する気もサラサラないけど。
「中佐、今の外務大臣と懇談したところで今回の責任を取らされて交代するのだから意味は無いですよね」
「そうだな。事後処理は上同士の話し合いとなるだろうが、大臣の更迭は免れないだろう。中尉はそういった所にも気付いてくれるから助かる」
「中佐、これくらい一般人でも気付きません?」
これが大臣更迭に相当する不祥事だと殆どの人が思うだろう。あの高官がそれに思い至らないのが不思議なくらいだ。
「し、失礼します。大臣も事後処理に忙殺されるとの事で、皇帝陛下には申し訳ありませんが懇談は後日、改めてとしていただけませんでしょうか?」
「だから、こちらは元からそう言っている。予定通りの懇談に固執したのは君だろう。この失態も上に報告しておくからそのつもりで」
関中佐の情け容赦ない発言に、高官は自身の未来が暗い事に気付かされ膝から崩れ落ちた。いや、それが無くてもお先真っ暗だったからね?
外務省も納得したようなので、特注の高級車で宮内省に移動する。要人移動用の特別車で、物理攻撃に強いのは勿論、魔法耐性も強い優れものだ。
ニックとアーシャが乗り込み、関中佐と舞も乗り込んだ事を確認した俺は着せ替え人形を発動してスーツ姿に戻る。車内では大盾が邪魔になるからね。
「まさかこの布にこんな効果があると思わなかったわ」
「全くだ。中佐が効果を秘匿するのも当然だな」
舞が袖をまくって腕に巻いた黒い布をまじまじと見る。俺の腕にも同じ物が巻いてある。これは先の宝箱探索ツアーで入手したレイスのレアドロップだ。
「付けた者に対する意識を僅かに弱める。言葉で聞くと微妙で使えなそうな効果だが、意外と使える物なのだよ」
会見で俺と一緒に入っていた舞が全く注目されず、俺が滝本中尉だとバレなかったのはこの布により認識が薄くなっていたからだ。
話したりせずそこに居るだけならば、今回の舞のように居ること自体が意識から外れてしまう。まさかこんなに早くこれの効果を知る事になるとは思わなかったな。




