第六百十八話
会見は外務省の一室にて行われる。参加する記者達は危険物を持ち込んでいないかを確認されてから会場へと案内された。
「お姉ちゃんお姉ちゃん、みんな肌が真っ白だよ!」
「欧州から来た白人ばかりだからね。帝国でこれだけの白人が集まっているのを見る機会はそうそう無いよ」
前世と違い、航空機が発達していないので欧州とアジアを移動するには多くの時間を必要とする。それでも同盟国の英国とは定期便が就航しているので、多くはないが帝国にも白人は居留している。
会見会場に二人の女性が入室した。二人ともビジネススーツを着用していて、記者たちは外務省の職員だろうと判断した。
『皆様、お待たせしました。これより会見を開始します。質問は皇帝陛下のお言葉を賜った後に受け付けます』
背が低い方の女性が会場前方に設置された机のマイクを起動し、作業が終わるともう一人の女性の背後に控えた。
背が高い方の女性は持参したらしいマイクでアナウンスを行った。彼女は日本人らしかったが、使用されたのは流暢なクイーンズイングリッシュだった。
『皇帝陛下、並びに皇女殿下が入室されます』
職員の女性二名と記者全員が入り口にむけて頭を垂れる。そんな中、ロシア帝国皇帝陛下と唯一の後継者である皇女殿下が入室され席に着いた。
『頭を上げよ。余がロマノフ家当代当主、ニコライである。余は祖国を逃れた逃亡者であり、祖国に対してなんら権限を持たぬ事を始めに告げておく』
ニックは祖国に権力を行使する意思はない、つまりロシアに戻る気はないと間接的に宣言した。
『これより質問を受け付けます。質問希望の方は挙手をお願いいたします』
そう司会の女性が告げた途端、記者達は一人残らず手を挙げた。まあ、ここで質問しないならここに来る必要は無いだろう。
『亡命先に日本を選んだ理由は?』
『皇帝が存在する世界で唯一の国であり、余を神輿として担ぐ可能性が極めて低いだろうという予測からだ。そして、それは当たっていたと思っている』
『わが国では皇帝陛下をお助けし、ロシア帝国を再興するべきだとの世論が高まっております』
『余はロシアに戻るつもりはない。権力を握る為の傀儡にされかけた父祖達と同じ苦労を背負おうとは思わぬ』
ニックの祖先は首都から落ち延びた先で随分苦労したそうだ。そんな国に今更帰りたいとは思わないだろう。と言うか、帰るつもりなら初めから亡命なんてしない。
『では、民を守るという皇帝陛下の義務を放棄なさると?』
『義務と権利は表裏一体だ。祖国に何の権利も持たぬ余に義務だけ背負えと言うのかね?』
実際、隠れ住んでいたニックは皇帝陛下としての権利を何一つ行使出来ない状態で生まれ育ったそうだ。皇帝だと名乗りをあげれば権力を使えたかもしれないが、庇護という名の監禁状態から傀儡化されるルート以外無かっただろう。
記者達を見回すと、頑なに祖国に帰ろうとしないニックに対して苛立ちを露わにする者と同情する者が半々くらいになっていた。このまま何事もなく終われば良いけど、そうもいかない雰囲気なんだよなぁ。




