第六百十六話
「中佐、戦利品から二つほど引き取りたい物があるのじゃが・・・」
「二つですか?一つはキューブですね。皇女殿下を護る舞ちゃんの戦力増強になると冬馬軍曹から報告されています」
中継機のお陰で迷い家の中でもスマホが使える為、冬馬軍曹は毎日関中佐に報告を行っていた。なので一から説明する必要がなく話が早くて助かる。
「もう一つは傘なのじゃ。普段使うのに使い勝手が良さそうでな」
「傘、ですか。武具ではありませんし、特に問題はないでしょう」
関中佐はそう答えた後、考えこんだようで少しの沈黙の後質問をしてきた。
「玉藻様、その傘は液体ならばどんな成分の物でも弾くのですよね。それは霧状でも弾くのでしょうか?」
「基本的には傘じゃからのぅ。傘は霧雨も防ぐ故、同列に考えれば防ぐ筈じゃ」
試していないから断言は出来ないが、多分防げるだろう。普通の雨は弾くけど、霧雨は素通しにする傘なんて聞いた事がない。
「ならば、その傘は舞ちゃんに持ってもらう事は出来ませんか?」
「舞にかえ?折り畳み出来る故持ち歩く事は出来ようが、何故じゃな?」
傘を舞が持つ事を望む関中佐。それに特に異存は無いが、中佐ともあろう人がそれに拘るのには理由がある筈だ。
「以前玉藻様に聞いたお話に、地下鉄で毒を噴霧された事件がありました」
「テロ対策の話題になった折に話した覚えがあるの」
前世で起きたテロ事件は、この世界でも起きる可能性がある。科学技術は前世より発展しているのだ。前世のテロで使われた武器や薬品はこの世界でも作れる筈なのだ。
なので、今後この世界でも発生するだろうテロ事件への予防策として前世で起きた事件について話した。それでこの世界での被害が少しでも小さくなる事を願って。
「クマの障壁でも、舞ちゃんの慣性制御でも霧を防ぐ事は難しいでしょう。しかし、その傘で防げるならば退路を確保する事が出来るかと」
成る程。万が一毒ガスが噴霧され充満するような事態になった時、傘でガスの霧を弾いて退路を作りアーシャを逃がす事が出来ると判断したのか。
「流石は関中佐じゃ、妾はそこまで思い至らなんだ。舞と皇女殿下には事件の例を伝え、舞が持つよう話すとしようぞ」
そんな事は現実になって欲しくない。だからと言って、万が一それが起きた際にやれた対策をしなかった事を後悔するのは嫌だ。
車は所沢で高速道路を降りて陸軍所沢基地に入った。そのまま基地内を進み、主要な建物から離れた場所に立つ格納庫に車は滑り込んだ。
「この格納庫は我ら情報部が押さえました。部員で警護しているので、この基地の者達は近寄れません。ここで戦利品を乗せ替えます」
格納庫内には数台のトラックが止まっている。緋緋色金の鎧を移動させる為らしき重機もあった。俺は車から降りると迷い家の入り口を開く。
今回は間引きが目的ではなかったが、これまで間引かれていなかったせいかモンスターが多かった為持ち帰った魔石も多い。運び出す先輩方は大変だろうけど、頑張って運んでもらおう。




