第六百十二話
「あら、冬馬さん。お昼のお刺身に使うつまはもう作ってあるのよ」
「あ、いや、この大根は刺身のつま用に持ってきた訳ではなくて・・・」
鑑定アイテムを置いたリビングに行く途中会った母さんが冬馬伍長を見て勘違いし、伍長が状況を説明した。
「井上、ここにもライバルが居たな」
「久川、私は天然ではないと何度言えば・・・」
井上兵長天然疑惑は冬馬パーティーの三人で議論すべき事なので、俺達はスルーする。まずはやるべき事をやってしまおう。
「それでは私が使ってみます」
井上兵長が鑑定アイテムを手に取る。鑑定アイテムは数種類あるが、その効果はどれも変わらない。アイテムの名前と僅かな情報を見る事が出来る。
「冬馬伍長、残念ね。この大根、ブリ大根よりもおでんに適しているそうよ」
「何故大根の方を先に鑑定する?それに、私はブリ大根に拘っていない!」
「どちらも鑑定するのだから、どちらが先でも同じなのに・・・」
確かに大根も鑑定しようと思っていた。しかし、そっちを先に鑑定するとは予想出来なかったな。井上兵長天然説は本当なのかもしれない。
「・・・このミスリルの剣、一定確率で状態異常のドジっ子を付与するそうです」
「思った通りじゃな。そして、冬馬伍長の天然キャラ覚醒疑惑は晴れたようじゃ」
片手剣の鑑定結果は、俺が予想した物だった。あのドジは剣に付与された状態異常だったのだ。
「しかし、惜しいですね。上手く使えばダンジョン内で大根を補充出来るのに」
「我々には玉藻様の迷い家があるから、これは使えないな。大根ならば畑で収穫すれば良い」
俺達はダンジョンの中だろうと新鮮な野菜をいくらでも食べる事が出来る。しかし、普通の探索ではダンジョンでの食事は味気のない携帯食料なのだ。野菜を摂るなんて贅沢、出来ないのが当たり前だ。
「久川兵長、冬馬伍長。大根だけ調達出来ても調理はどうするのじゃ?まさか、それだけの為に包丁やまな板、鍋やガスコンロを持ち込むとか言わぬよな?」
「「あっ!」」
彼女らは、大根だけ現地調達しても調理が出来ないという事実を見落としていた。火を使わず大根サラダにするにも包丁とまな板くらいは必要だ。
「自分で調理せぬ弊害かのぅ。まあ良い、どちらにしてもその剣はお蔵入りじゃな」
「はい。残念ですが、この剣は使えませんね」
冬馬伍長のドジは剣の効果だと確定し、剣を使わない事が満場一致で同意された。
「玉藻お姉ちゃん、この剣がドジっ子属性を付与するのって女性だけじゃないわよね?」
「そうじゃな。女性に限るという使用制限が無い以上、男性でも使えるし効果も出る筈じゃ」
「男性探索者のドジっ子って、需要あるのかしら?」
俺は厳ついオッサン剣士が転んで顔を打ち、鼻の頭を赤くして涙目になる光景を幻視した。
「少なくとも、妾は見たくないのぅ」
この剣を使ったのが冬馬伍長だったから、ドジした光景も絵になった。でも、オッサンだったらと考えると目を背けたくなってしまう。
ダンジョンさんは、この剣を手にしたのが冬馬伍長だった事に感謝するべきなのかもしれない。
 




