第六十一話
翌日、朝のルーティンを熟してから電車に乗り上野へ向かう。通常ならば通勤ラッシュで身動き出来ない程に混雑する路線なのだが、夏休みで学生が居ない分空いているようだ。
それでも座席に座るなんて夢のまた夢、新聞はおろか文庫本すら広げる事に躊躇いを持つ程に車内は混雑している。それでも乗り換え無しで着くのだから有り難い。
「えっと、ダンジョンは不忍口から出て・・・」
前世の上野駅と同じく、北の玄関口であった上野駅は複数の改札口が存在する。ダンジョンは御徒町との間に発生した為、線路沿いの道を歩く。
なお、この世界ではアメ横は存在しない。代わりにかっぱ橋道具街が道具に特化しておらず、前世の道具街にアメ横を足したような巨大商店街になっている。
途中のお店で塩や胡椒、味噌などの調味料と米を買い込みリュックに詰める。これは迷い家に持ち込むつもりだ。
御徒町との中間辺りで右に折れ、大通りの方に進む。程なくしてギルドの建物が見えてきた。探索者らしき人達が出入りしているので分かり易い。
「また随分と細いのが入ってきたな。まさか魔法職か?」
「うーん、どこかで見た覚えがあるような・・・」
地元の探索者らしき連中が俺を見てヒソヒソと話している。絡まれる前に地図を買って潜った方が良さそうだ。
空いていた窓口で地図を買った。10階層までではなく、現存する地図を全て買ったので結構なお値段だったが必要経費なので気にしない。
「よし、到着。洞窟フィールドか」
道中のモンスターはいつものダンジョンと変わらないので、不可避な奴だけサクッと倒して九階層に到着した。これからここで亀狩りを行う・・・事にする。
下の階層への近道から逸れてリュックを降ろす。女性体と妖体化を発動して玉藻へと変化した。迷い家を開きリュックを持って入る。
買ってきた調味料と米を置き、備え付けの炊飯器で米を炊いておく。ここで米を炊くのは初めてだが、炊いている途中で外に出たらどうなるのだろう?
その検証も行なっておくか。一度外に出てすぐにまた迷い家に入った。炊飯器を確認すると、保温モードになっている。御釜を見ると、ツヤツヤの炊きたてご飯が収まっていた。
「ここの時間経過、どうなってるんだ?まあ、便利だから有り難いけど」
御米を研いでセットして、出入りすればすぐにご飯が炊けてしまう。まあ、不都合は無いし考えた所でどうなる物でもないのでそういう場所だと受け入れよう。
周囲に他の探索者が居ないことを確認しつつ落とし亀を狩る。採れたて野菜にニジマスの塩焼き、炊きたてご飯の昼食を食べた後は休憩をとる。
自身の尻尾をモフって堪能し、リュックに落とし亀の魔石を入れて背負う。そのまま迷い家から出るとスキルを解いて男に戻った。
その後一旦地上に戻り受付で魔石を売り払う。受け取った魔石の鑑定結果を見た受付嬢は驚いて声をあげた。
「落とし亀の魔石ばかりこんなに・・・」
「甲羅が欲しいので、まだ持ち込みますよ。あっ、代金は口座振込でお願いします」
呆気に取られる受付嬢を放置して、再びダンジョンへと向かう。周囲に居た探索者が俺を見てヒソヒソ話していたので、印象付ける事はできただろう。




