第五百九十五話 とある秘密施設にて
ここはとある秘密組織が保有する秘密施設の一室。
他の部屋より少し豪華な内装の部屋では不穏な会話が交わされていた。
「あんな欠陥品を寄越すとは、研究所にも困ったものだ」
「まあ良いのではありませんか。試作品から足がつく可能性はありませんし、職員も金で買った使い捨てです。道化も切り捨てれば良いだけの話ですから」
現在進行系で世間を賑わす謎のナニカ。それを送り込んだ張本人達の会話はとんでもなく軽い物だった。必死に捜査を行っている警察関係者が聞いたら卒倒ものだろう。
「で、研究所はまだ続けるつもりなのだろう?」
「はい。今回自滅した身体強化型の他に、スキル強化型も準備が進んでいるそうです。試用に耐えると判断されたなら、またこちらに投げてくるでしょう」
どうやら優が対峙したタイプと同じ者の他に、別タイプも居るようだ。そのベースとなっているのは紛れもない人間なのだが、彼らにはその命を尊重する気配は全くない。
「おい、あれはどういう事だ!あんな事になるなんて聞いていないぞ」
「おやおや、部屋に入る時はノックをして許可が出てから入りなさいとお母さんに教えられなかったのか?」
乱暴に扉を開けて掴みかからん勢いで迫る緒方元少将。この部屋の主である所長は動じる事もなく元少将の怒りを受け流す。
「そんな事より、あれは何なのだ!人が変化するなど尋常ではない。お前らは一体何をやったんだ!」
「我らの理念は説明した筈だ。不遇スキルやハズレスキルと呼ばれるスキルを授かり不条理な状況にある人達を救う。それが我々の目的だ」
「人を救うだと?人を人ならざる者に変えて命の灯火を消す事が救いだと言うのか!」
所長の返答に納得する事なく、尚更怒りの炎を激しく燃やす元少将。しかし所長は表情を変える事なく反論する。
「そうではない。だが、迫害されている我々が現状を変えるには武器が必要だ。何だかんだ言っても、ダンジョン攻略は重要である以上、我々にもそれが出来ると示すのも道の一つだ」
「年若い少年が犠牲になっても、か?」
「そうだ、大望を達するには犠牲は避けて通れない。スキルに頼らぬダンジョン攻略。その手法が確立されればスキル優遇論者の主張は意味を無くす」
優秀なスキル保有者が優遇されている理由は、ダンジョンだけではない。社会インフラの整備や生産において活用出来るスキルも存在するのだ。
しかし所長はそれを無視して発言し、元少将は元軍人だけにスキルの軍事利用にばかり目がいっていたのでそれに気づかなかった。
「我らとて、好き好んで犠牲を出している訳では無い。それに、強化の施術を受けた者は全員志願している。本人達も納得済みである以上、君がとやかく言う筋合いはない」
元少将にはそれが真実かどうかを確認する術が無い。しかし、それが嘘だと断じる根拠も無い為元少将は引き下がる以外の選択肢を持たなかった。
「ロシア皇帝一家が公務に出るとの情報もある。そうなればそちらに気を取られて他の警備は緩むだろう。仕事をしっかりやってくれよ」
悔しそうに部屋から退出する元少将は、投げかけられた言葉に無言で返すのだった。




