第五百九十一話
月曜日の朝、ニックと一緒に皆を見送る。父さんと母さんは仕事に、舞とアーシャは学校に行くため迎えの車に乗り込んでいった。
俺はマスコミの包囲網がある為登校しない。市ヶ谷の本営前にもマスコミが取材に来ているので、登校しようとしたら迎賓館前の取材陣と本営前の取材陣で挟撃されてしまう。
「一対一で話せる絶好の機会だが、今日に限って外務省と宮内省の者が来る事になったんだ。そろそろ式典などの公務に参加してほしいとの事だ」
「公人ですからね。公務優先ですから仕方ありませんよ」
なんでも、今朝になって会談を要請されたそうだ。ニックとアーシャが日本に慣れたら公務を依頼される事は以前から言われていた事であった。
しかし、今回急に話があったのは例の件があるからだろう。政府としては解決の目処が立たない事件から別の事に世間の目を逸らしたいという思惑があるのではないかと思う。
特にやらねばならない事もないので、教科書を開き自習に励む。授業を受けられない状態だが、期末試験で成績を落としたくない。
集中していたらいつの間にか昼になっていた。スマホの着信で集中が途切れなかったら舞が戻るまで勉強していたかもしれない。
「滝本中尉、例の件について新たな情報が入ったので伝えておく。少年に同行していたギルド職員についてだ」
着信は関中佐からだった。どうやら調査に進展があったらしい。言われて気付いたが、犠牲になった職員については特に考えていなかったな。
「監視カメラでその職員が少年を裏口から引き入れダンジョンに連れ込んでいた事が判明していた。そして、職員には結構な額の借金がある事が調査でわかった」
「借金、ですか。犯罪行為に手を染める切っ掛けとしてよくある理由ですね」
「ああ。彼は賭け将棋で多額の負債を負っていた。しかし、事件前に全額ではないが纏まった額を返済している。そして、その金の出処は不明だ」
つまり、少年をダンジョンに連れてきた職員は誰かに金を握らされて違法にダンジョン内に入れたという事になる。
「金目当てだとすると、そちらから事件を追うのは難しいですね」
「利用する為にイカサマで嵌めた、という訳ではなさそうでな。単純に下手だっただけらしい」
賭け将棋は将棋の強さがものをいう。自身を過信しなければ大負けなんてしないと思うのだが、勝てるはずだと謎の自信を持っていたのだろう。
「マスコミも早々に嗅ぎつけるだろう。広報部の連中は頭を抱えているが知った事じゃない」
「ギルドは陸軍の下部組織ですからね。陸軍にも責任を問う者が出るでしょう」
広報部には迷惑をかけられたので、同情する気は全く起きなかった。関中佐も同様らしい。
「当面はダンジョンの巡回強化と入場チェックの徹底でお茶を濁す。類似の事件が起きない事を祈るばかりだよ」
背後関係はわからない。防止策などある筈もない。だからと言って何もしない訳にもいかない。関中佐も心労が溜まっていそうだな。




