第五百八十二話
「お兄ちゃん、怪我してない?痛い所は?」
「優、ちょっとこっちに来なさい・・・どこにも怪我は無いようだな」
迎賓館に帰ると、舞に全身を触られて父さんの診察を受けさせられた。どうやら板橋での騒動を知っているみたいだ。
「情報、結構出てる?」
「ああ、なんでも人が化け物になった後自滅したらしいな。優が化け物を引きつけていたと話題になっているぞ」
父さんが差し出したスマホには、ナニカと対峙する俺が映っていた。あの場に居た誰かが撮影し、地上に戻ってからアップしたようだ。動画はナニカが血を流す前で止まっている。
「その後のシーンが映っていた動画は全部消されたみたいよ。投稿者のアカウントごと消されたみたい」
「あんな生々しい光景、そりゃBANされるに決まってるよなぁ・・・」
少し考えれば規約に抵触すると分かりそうなものだけどな。数字に目が眩んだ結果垢バンとは本末転倒もいいところだ。
「優お兄ちゃん、優お兄ちゃん、帰ってきたぁ!」
背後の扉が壊れたかと思う程勢いよく開き、弾丸のように飛びついてきたアーシャに抱きつかれた。傾いた扉の脇ではニックが肩で息をしている。
「アーシャ、ただいま。俺は無傷だから安心して。父さんのお墨付きだよ」
「あのね、事件を知って目で優お兄ちゃんを探したの。軍人さんとお話ししていたから大丈夫だと思ったんだけど、帰ってきたって思ったら・・・」
激情が溢れて制御出来ないのか、アーシャはロシア語でなにかをまくしたてる。残念ながら俺はロシア語は分からない。前世で見たアニメの主人公のように聞き取りだけでも出来るようにするべきか。
「アーシャ、俺はストーンワームやスリープシープにだって勝てるんだ。人を中途半端に強化したようなナニカには決して負けないよ」
蒼い瞳に涙を浮かべ見上げるアーシャの綺麗な銀髪を撫でながら話を続ける。
「ヤバくなったら玉藻になって迷い家に逃げ込むさ。迷い家は絶対安全だってアーシャも知ってるだろ?」
「うん、知ってる。でも、でも心配なの」
そう言って顔を埋めるアーシャをそっと抱きしめる。そしてアーシャの気が済むまでそのまま佇んでいた。
「それで優、あれは一体何なんだ?」
「分からない。俺が到着した時には少年はナニカに変貌していた。ただ、俺を知っているようだった」
「優君はマスコミに出ている。顔見知りとは限らない以上、そちらから手繰るのは難しいかもしれないね」
父さんと俺、ニックが雁首並べて考えても分からないものは分からない。そっちは警察の捜査が進むのを待つしかないだろう。
「そっちは考えても分からないし置いといて、面白い物を仕入れたんだ」
俺は女性体を発動してクマのヌイグルミをテーブルに置いた。男に戻りたい所だが、これのテストをするので女性のままにしておく。
「あっ、可愛いヌイグルミ」
「可愛いだろ。これ、盾なんだよね」
「「「「えっ?」」」」
俺とアーシャ以外のこの部屋にいる皆がヌイグルミを凝視する。アーシャはまだ俺の腹に顔を埋めているので見ていなかった。




