第五百七十六話
やがて立っていられなくなったナニカは前のめりに倒れ、微動だにしなくなった。
「やったのか?」
「魔石にならないと言うことは、モンスターじゃなかったのか」
遠巻きにしていた探索者がフラグを立てていたが、回収されなかったようだ。倒れたナニカは体が萎んでいき、俺と同じくらいの体格になった。
生きているのか死んでいるのか。確かめる必要があるのだが、怖がって誰も近寄ろうとしない。ならば俺が行くしかないだろう。
一応用心しながら近づき、呼吸と鼓動が無い事を確認して生命が絶たれている事を確信した。苦悶に満ちた表情で目を見開いた顔に手を当ててそっと瞼を閉じさせる。
「亡くなってます」
「そ、そうか」
ギルドの職員や探索者がソロリソロリと近付く。そして倒れているのが俺と同じくらいの年齢の少年だと知ると両手を合わせて冥福を祈るのだった。
「倒れていた職員さんは?」
「ダメだ、既に事切れていたよ」
担架に少年のご遺体を乗せて戻る道中、近くに居た探索者に聞いたがそちらも助ける事は出来なかったようだ。
ギルドの職員が二つの担架を運び、その周囲を探索者が囲んでモンスターに対処する。人数が多い事もあり、接近してきたモンスターは瞬殺されている。
「ご遺体は救護室に運んで下さい。探索者の方々は申し訳ないが、会議室までお願いします」
ダンジョンの入り口を守る職員さんに言われて会議室に移動する。情報を整理して今回の騒動の原因を探るのだろう。
十人以上の探索者が会議室に入り、めいめいが適当な席に座る。程なくして板橋ギルドのギルド長さんが女性職員さんを一人連れてやって来た。
「諸君、まずはトラブルへの対応に協力してくれた事に礼を言わせてもらう。その上で諸君には今回の騒動の原因を探る手伝いをしてもらいたい。何、難しい事ではない。見聞きした事と自身の行動を教えてもらうだけだ」
「名を告げてから騒動を知る寸前からの行動をお教え願います。尚、協力に対する謝礼を出す為と原因を探る為録音させていただきます」
女性職員さんが机の上にレコーダーを置いた。上手いやり方だ。面倒を嫌って名を誤魔化せば謝礼を受け取る権利が消える。いくら出るかは知らないが、貰える物なら貰おうとするのが人間というものだ。
端に座った探索者から順番に証言をしていく。初めから四階層に居た探索者によると、ナニカはパーカーを着た少年で、犠牲になった職員と共に四階層に来たらしい。
職員は狩りをせずに少年の戦いを見ていたが、いきなり少年が苦しみだすと身体が膨れ上がり、あのナニカとしか言いようがない生物に変化したそうだ。
少年は何者だったのか。職員はどこから少年を連れてきたのか。何故少年は変化したのか。そういった重要な事項は分からなかった。
そんなこんなで俺が証言する順番がやって来た。俺は立ち上がり所属する組織と名を告げる。
「俺は帝国陸軍情報部所属、滝本優中尉だ」
部屋の中の全員が俺を注視したままフリーズした。別に顔を隠したりしていなかったのだが、気づかれていなかったようだ。




