第五百七十五話
ナニカは振り返りざま裏拳を放つ。しゃがんで躱した俺は地面に左手をつき、それを軸に回転して遠心力を乗せた蹴りをナニカの右足に叩きつけた。
「くっ、固いな。まるで硬質ゴムを蹴ったようだ」
上手く行けば体勢を崩せるかと思ったのだが、ナニカは全く動じなかった。これは肉弾戦だと勝てないかもしれない。
「がっ、がああっ!」
効かなかったとはいえ攻撃されたのが不愉快だったのか、右足で俺を蹴ろうとするナニカ。俺は横に跳び更に後ろに跳んで間合いを開けた。
ナニカは完全に俺を標的にしたようで、俺を追ってきた。攻撃はノーダメージだったが、ヘイトを稼ぐという最低限の目的は達したようだ。
走り寄り勢いを乗せたパンチを繰り出すナニカ。俺は両腕を交差させてそれを受ける素振りを見せた。
「おい、あんた、そりゃいくら何でも無茶だろっ!」
職員救出に動いていた探索者が叫ぶ。俺だってあの巨体から繰り出される突きを防御出来るなんて思っていない。
受けると見せ掛けてバックステップで拳を躱す。俺は地面を叩いて止まった右腕に乗ると腕を足場に跳躍し、高さが低くなった頭部に蹴りを叩き込んだ。
少しは効いたようで、ナニカはバランスを崩したたらを踏んだ。側頭部に蹴りをクリーンヒットさせてもこれでは、倒すには武器を使うしかなさそうだ。
元人間らしいし、出来れば傷をあまり付けずに無力化したかった。だが、そんな事を言っていられない状況だと判断した。
着せ替え人形を発動し、俺の衣服が手甲に双剣という装備に変わる。この剣が通じなければ女性体を使って斧槍を使う事になるだろう。
「がっ、だっ、だぎもど・・・だぎもどぐんがっ」
「だぎもど?もしかして、滝本と言いたいのか?俺を知っているのか?」
一瞬俺の知己なのか?と思ったが、俺はマスコミにより顔が知られている。俺を一方的に知っている人なんて山程居るだろう。
「だっ、だのむぅ、だ、だずけでぐれぇ」
「助けてくれって、おい、自分の意思で止められないのか」
ナニカは助けを求めながらも立ち上がり、俺に向けて左右の腕を振るってきた。俺は攻撃するのを止めてただナニカの攻撃を躱す事に専念する。
「おい、大丈夫か・・・おわっ!」
「離れてくれ!近付かず、遠巻きにして包囲するんだ!」
俺を認識し助けを求める事が出来たのだ。時間を稼いだら理性が増して攻撃が止まるかもしれない。迂闊に近付いて怪我人が出るより良いだろう。
「げっ、何だこいつは!」
「これはモンスターなのか?いや、こんなモンスター報告されていないぞ!」
応援の探索者やギルド職員が駆けつけ、ナニカの周囲は完全に包囲された。ナニカは助けを求めながらも攻撃を繰り返す。
「だずげて・・・いだいっ!いだい!いだい!いだい!」
ナニカが振るった右腕が裂けて血が噴き出した。それを皮切りにナニカのあちこちの皮膚が裂け、血が流れ出てナニカを紅く染めていく。
俺やギルド職員、探索者達は何も出来ずにただそれを呆然と見守る事しか出来なかった。




