第五百七十四話
時折店員さんを確認しながらもスマホで時間を潰す。前世で若かった頃はスマホで小説を読むなんて出来なかった。何と便利になった事か。
「すいません、ちょっと昼食とってきます」
「あっ、はい。ではお戻りになるまで入荷しても店に並べないよう店長にも言っておきます」
痒いところに手が届く対応をしてくれる店員さんに感謝だな。ダンジョン関連で何か買う時はここを利用しよう。
お店の好意は好意として、長時間離れるのは気が引ける。近くのコンビニかどこかで手軽に食べられる物を買ってこようかと算段していると、受け付けの方が騒がしくなった。
「兎に角来てくれ!変な奴が暴れて手が付けられない。一緒に居た職員がヤバそうなんだ!」
「落ち着け、何があったのか詳しく教えてくれ」
ダンジョンの方から駆けてきた探索者が、受け付けの職員さん相手に喚いている。職員さんは何とか落ち着けようとしているが、興奮していて埒が明かない。
「何かトラブルがあったんだな?何階層だ?」
「四階層だ、急いでくれ!」
何があったか知らないが、事態を収める為に現場に行くなら彼を落ち着かせて事情を聞いてから行くよりも行って確認した方が早い。
事前情報が重要となる場合もあるが、怪我人が出ているなら早急な救助が必要となる可能性がある。俺は行ってみるべきだと判断した。
四階層までの最短経路は覚えている。途中の階層で彼から話を聞いて向かおうとしているらしい探索者パーティーを幾つか追い抜いた。
パーカーに運動靴という動きやすい格好の俺と武器防具を装備している探索者達とでは、出せる速度が段違いだ。
「があぁぁぁっ!」
「止めろ、落ち着け!」
「ダメだ、こいつ理性が残ってないだろ!」
四階層に降りた俺が見たのは、目測で三メートル近くある人型のナニカと、その足元に倒れる人らしき姿。そしてそこから流れて溜まっている真っ赤な液体だった。
「何だあれ?未確認のモンスターか?」
「違うよ!あれは人だったナニカだ!ギルドの職員が連れてたパーカー着た奴が突然・・・うぉい、お前も同類かっ!」
俺の呟きに反応した探索者が状況を教えてくれたが、どうやらあの暴れている未確認生物は人間だったようだ。そいつが着ていたのがパーカーだったので、俺も同類と間違えられたようだ。
「失敬な。俺が奴の気を引くから、倒れている職員さんを頼む」
「な、何だよ、あいつの仲間じゃないのか、紛らわしい」
深く被っていたフードを外し探索者証を見せると誤解を解いてくれた。探索者だからあいつの仲間ではないとは限らないのだが、今はそれを言わないでおく。
ナニカは騒ぎを聞きつけて駆けてきた孤独狼に振り向いて右腕で殴りかかる。孤独狼は跳躍してそれを躱したが、左手で首を掴まれ何も出来なくなってしまった。
やがて孤独狼は力尽き、光と共に魔石へと変化した。俺はその隙に背後を突こうと走り出す。しかしナニカはそれを察知していた。




