第五十七話
「それじゃあ行ってくる。優、舞を頼んだぞ」
「舞ちゃん、優ちゃんから離れちゃダメよ」
「「はーい!」」
翌朝、俺と舞は診察に向かう両親を並んで見送った。舞は母さんの言いつけに応えるかのように俺の腕に抱き着いてきた。
「舞、歩きにくいよ」
「だって、お母さんが離れちゃダメだって言った!」
来年中学生になる舞はまだ子供ながら女性らしい成長も始まっている。そんなに密着したら、美味しい夕食と朝食で上書きした昨日の記憶が蘇ってしまう。
「ほらほら、散歩に行くと言ってただろう?」
「うん!お兄ちゃん、行くよ!」
俺の手を握り走り出す舞。山間の温泉地は真夏でも涼しく照りつける太陽も気にならなかった。
目的も無いので、取り敢えず駅に向かって歩く。通りには旅館や土産屋さん、古い商店が立ち並び温泉地の歴史を感じさせる。
「お兄ちゃん、あれ何だろう?」
舞が道路の中央にある金具を指差す。道路の中央に500円玉より少し大きいくらいの金属が均等な幅を空けて埋め込まれている。
「あれは多分融雪装置だよ。この辺りは沢山雪が積もるから、地下水や温泉水を撒いて雪を溶かすんだ」
「凄い、人が雪掻きしなくても良いのね!」
俺達は埼玉の平野部に住んでいるので、道路に雪が積もるなんて年に一回あるかどうかだ。当然、雪に備えた設備など初めて見る。
「あっ、お饅頭のお店だ・・・でもやってないや」
「まだ開店していないのかもな。また帰りにでも見てみよう」
駅に近いというのに、並んでいる商店は殆どが閉まっている。まだ営業時間が来ていないお店もあると思うが、明らかに閉店している店もそこそこ見受けられた。
「冴子ちゃん、そんなに嫌なの?」
「やだっ、怖い!」
女の子が泣く声が聞こえてそちらを見ると、幼い女の子が座り込んで泣いている。その隣にはお母さんと思われる若い女性が困った顔で立っていた。
「どうしたんですか?」
「お医者さんが来たから娘と診察に行こうとしたら、娘が怖がってしまって・・・」
見ず知らずの俺の問に反射的に答えてしまったお母さん。余程困っているのだろう。
「冴子ちゃん、お医者さんの何が怖いの?」
「おくち大きく開けさせられたり、変なお写真撮ったりするんだもん・・・」
幼児にとっては理解出来ない事を色々とされるのが怖いのだろう。舞はその答えを聞いてにっこりと微笑んだ。
「冴子ちゃん、お姉ちゃんとお手々握ろう?」
「お手々?うん!」
冴子ちゃんは差し出された舞の手を握った。お母さんは舞の意図が分からないものの、害は無いと思ってか見守っている。
「冴子ちゃん、お手々を握るのは大丈夫だね。今日のお医者さんはお手々を握るだけだから怖くないよ」
「えっ、本当に?」
「うん、本当だよ。だから一緒に行こうか」
「うん、お姉ちゃんと行く!」
先程まで泣いていた冴子ちゃんは笑顔になってしっかりと舞の手を握っている。お母さんは難題が解決してほっとしたようだが、そこで始めて俺達を知らない事に思い至ったようだ。
「えっと、ありがとうね。もしかして、診察に来たお医者さんのご家族の方かしら?」
「はい、俺と舞はここに診察に来た両親についてきました。父はスキルで診察するので、舞が言った通り手を握るだけで終わりますよ」
お散歩を中断して戻る事になったが、それも舞お姉ちゃんの選択だ。舞と冴子ちゃんの笑顔を見たら、一緒に行くという選択以外はあり得なかった。




