第五百六十八話
「随分と疲れてるみたいね」
「肉体的にはそうでもないのじゃが、精神的にのぅ・・・」
俺は背もたれが無い椅子に座り、後ろにはそれぞれ椅子を持ってきて座った母さんと舞、アーシャが尻尾をモフっている。
「疲れたのは軍務関連ではのうて別件じゃった。山のように積まれた釣り書きじゃよ」
「ああ、優と舞にも大量に来ていると聞いたな」
「アーシャにも来ているそうだよ。宮内省の人には悪いが全て断ってもらった」
アーシャは事前にニックから聞いていたのか、然程反応しなかった。しかし舞は少々驚いている。
「えっ、舞にも?釣り書きって裕福な人や貴族の人が出すのよね。何で舞に?」
「父親は優秀な医師で兄は既に尉官なのじゃ。家が平民であろうと取り込むメリットは大きいじゃろう。しかも、舞本人はロシア皇女殿下の側近じゃぞ」
家族だけでも手を出す価値は充分あった所に、例の事件で皇女殿下の側近という立場が確立された。それに加えて美少女なのだから当然の帰結である。
「舞が興味あるなら持ってきてもらうぞ。父さんは舞のお相手を自分で決めてほしいと思っているからな」
「結婚なんて考えた事もないよ」
上流階級の家ならば、舞の年齢でも婚約とか珍しくない話だろう。しかし、一般家庭において中学二年生で婚約だ結婚だなんて話はされないのが普通だ。
「アーシャも政略結婚など考えていない。日本政府には悪いが、アーシャにはアーシャが決めた相手と幸せになってもらう」
政略結婚を否定するニック。それを伝えるべき相手であるアーシャではなく俺に視線を向けて話している理由は察しがつく。当の本人も顔を真っ赤にして俺をチラチラ見ているし。
「で、お姉ちゃんとしてはどうなの?」
「正直、恋愛対象として見れてはおらぬな。ああ、勘違いするでないぞ。アーシャが嫌いとかではないのじゃ」
分かりやすく動揺したアーシャ。誤解されそうなので間を置かずその理由を説明する。
「忘れておるかもしれぬが、妾は前世も含めればニックよりも年上じゃぞ。アーシャと舞は娘どころか孫のような年齢じゃ」
「そう考えると、確かに恋愛対象として見るのは難しいな」
「アーシャはまだ中学生じゃからな。成長し、大人となればまた見方も変わると思うのじゃ。虫が良い話ではあるのじゃが、待ってほしいとしか言えぬよ」
いくら精神年齢が上でも、相手が成人した女性ならば恋愛対象として見えると思う。確約は出来ないけどね。
「優ちゃんは大人の女性を見て恋愛感情を抱いた事があるのかしら?」
「今の所は無いのぅ。前世でも最後まで一人じゃった故、恋愛感情という物に疎いというのもあると思うのじゃがな」
恋愛どころではないというのもある。今はダンジョン攻略に力を注ぎたいという思いが強い。私的な幸せを望むのは、宇迦之御魂神様との約束を果たしてからにしたいから。




