第五百六十七話
「玉藻様、そろそろ迎賓館にお送り致します」
「すまんな。手数じゃがよろしく頼むぞえ」
英国サイドと接触しなかったが、玉藻が外務省に来ていたのは職員や出入りした者達に目撃されている。玉藻が外務省に来た日だけ滝本中尉が学校を休んだのでは、関連を疑われやすくなる。
その為三日程滝本中尉は行方を晦まし、玉藻は明日の夕方まで迎賓館に滞在する。玉藻が居なくなる日と滝本中尉が戻る日をずらすのだ。
宮内省手配の車で迎賓館に入る。玄関先で侍従さんやメイドさんが並んで迎えてくれた。
「ようこそいらっしゃいました、玉藻様。我ら一同玉藻様をお迎え出来た事を心より光栄に思います」
「短い間じゃが世話になる」
侍従さんに先導されて泊まる部屋に案内された。部屋はうちやロマノフ父娘が滞在する区画と同じ区画にあった。
「この者達が玉藻様のお世話を致します。なんなりと申し付け下さい」
俺に付けられた侍従さん二人とメイドさん二人は緊張した面持ちで深く礼をした。俺の事を知る侍従さんなら気が楽なのだが、彼らは滝本家についている。
「お飲み物と軽食をお持ち致します。御希望の物があれば御用意致します」
「夕食が近い故、飲み物だけで結構じゃ。紅茶を頼もうかのぅ」
部屋の隅で待機する侍従さんやメイドさんに見られながら紅茶を嗜む。メイドさんの片方の視線が俺の耳と尻尾を追っているから、彼女はモフラーに違いない。
気持ちは分かるしモフらせてあげたいのは山々だが、この尻尾は母さんと舞、アーシャにより管理されているので現状では空きが無い。
「そうじゃ、確か迎賓館には滝本医師の一家とロシア皇帝陛下と皇女殿下が滞在されておるの。夕食後に挨拶に行きたいのじゃが打診してくれぬか?」
「はっ、ただちに」
侍従さん二人が部屋を出て行った。うちが借りている部屋とニックとアーシャが借りている部屋に向かったのだろう。
「玉藻様はロマノフ様と滝本様をご存知で?」
「うむ、滝本医師の一家とは群馬の氾濫未遂の際に助けて同行したのじゃ。ロシア皇帝陛下と皇女殿下は滝本家が助けた際に帝都まで共に移動したでな」
メイドさんは俺がここに滞在している二家族と浅からぬ縁がある事に驚いていた。今では隠していないものの、喧伝している訳では無いのであまり知られていないのだ。
「玉藻様、夕食後滝本家が滞在する部屋にてお会いしたいとのことでした。皇帝陛下と皇女殿下もそちらでお待ちするとのことです」
「了解じゃ。そのように頼む」
その後、部屋に運んでもらった夕食を食べて侍従さんに滝本家への先触れになってもらった。あちらも食事を終えてロマノフ父娘と共に待っているとの事で移動する。
「案内ご苦労じゃった。部屋にはロマノフ家付きの者と滝本家付きの者がおろう。そなたらは妾が部屋に戻るまで休むが良い」
「玉藻様、お心遣いありがとうございます。では、一旦下がらせていただきます」
彼らが居ては皆との会話の内容が制限されてしまう。なので理由を付けて下がってもらった。
 




