第五百六十六話
「それを話すのはここではない方が良かろう。本営か宮内省に移動するべきではないかえ?」
「玉藻様の仰る通りですな。では宮内省に移動しましょう」
壁に耳あり障子に目あり。この世界では存在しない標語だが、壁に盗聴器や天井に隠しカメラがあっても不思議ではない。外務省に与えなくて済む情報を与える必要は無いのだ。
宮内省に移動し、部屋を守る衛士さんも玉藻の事情を知る者で固められた。ここならば何の心配もなく話す事が出来る。・・・と思っていた時が俺にもありました。
「ここに玉藻様が来ていると聞いたが、同席させて貰って構わぬか?」
「へっ、陛下っ!勿論で御座います!」
今上陛下がサプライズで登場するというイベントが発生。侍従長さんと太政官さんも大慌てだったから、これは完全に陛下の独断だ。
「陛下、こちらが英国から提供された情報に御座います」
「ふむ・・・機関銃や速射砲を車両に搭載のぅ」
「玉藻様の前世でも同様の兵器が運用されていたとの事で、これからそのお話をお聞きする所で御座います」
鈴置中将が提出したファイルを読んだ陛下に、侍従長さんが説明する。これは陛下にもお聞きいただく事になりそうだ。
「前世では日露の戦役に続き二回の世界大戦があった事は話したと思うのじゃが、それが終結した後の話じゃ」
千九百八十七年、アフリカのチャドという国において内戦が勃発。ほぼ鎮圧という所で隣国リビアが介入し紛争にまで発展した。
そこで大活躍したのがトヨタのピックアップトラックだった。チャド政府軍が使用したのを反乱軍が真似をして、敵味方共にTOYOTAのロゴが大きく書かれたトラックを操り戦った。
後に介入してきたリビアの戦車に対しても戦果を挙げ、武装勢力はまずトヨタを使うというのが定石となってしまう。
「自動車会社でトヨタ、ですか?」
「トヨタ、トヨタ・・・鈴木の傘下にそんな名前の会社があったような気がします」
この世界、何とトヨタ自動車が存在しない。なので太政官さんと侍従長さんが分からないのも無理はない。
「妾の前世では、戦争の影響で鈴木財閥は解散するのじゃ。その後傘下だった豊田織機に自動車部門が生まれ、独立したのがトヨタ自動車じゃよ」
この世界では鈴木財閥は健在で、豊田織機はその傘下に収まったままだ。その影響なのか、自動車部門は生まれなかったのだ。
「では、早急に作らせるべきですか?」
「いや、必要無いじゃろう。創業者がおらぬ状況で無理に作らせても同じ企業とはならぬ筈じゃ」
トヨタという会社の理念は、豊田喜一郎氏が育てた物だろう。それが無いのでは単なる同名の会社にしかないと思う。
「この世界に存在せぬ企業より、存在する兵器の方が重要じゃ。ここまで情報を開示したという事は、英国では次世代の戦車があると思った方が良かろう」
「そうですな。我らも英国に負けぬ戦闘車両を作りませんと」
幸いな事に使える予算はデンシカの角により増えている。将来の為に良い戦車を作ってほしいものだ。




