第五百六十一話
あれから数日。今日は英国との話し合いが外務省で行われる。俺は玉藻となって隣室で待機する事になっているが、表向きは先輩と共に出張という事になっている。
朝早くに先輩が運転する車に乗り込む。張り込んでいるマスコミから見える位置で乗るのがポイントだ。彼等はアリバイ作りに利用させてもらう。
マスコミの車が追尾してくるのを無視して帝都高速道路に入る。車内で玉藻になり抜け出すタイミングを窺う。
「玉藻様、この先のカーブを曲がったらマスコミの車から見えなくなります」
「すまぬな。後の事は頼むぞえ」
分岐後の急なカーブに差し掛かり、マスコミの車両が見えなくなる。俺はサンルーフを開けて飛び出し、即座に迷い家を開いて飛び込んだ。そして即座に入り口を消す。
外部確認機能で外の状況を見ていると、マスコミのものらしい車両が数台結構な速さで通り過ぎて行った。あれ、曲がれる限界ギリギリまで攻めていたのでは?
車が来ないタイミングを見計らって外に出て非常脱出路を使いトンネルから出る。空歩で上空に上がり、外務省がある霞が関を目指した。
「お、おい、あれを見ろ!」
「巫女服を着た狐獣人・・・玉藻様か、どこから現れたんだ?」
外務省の玄関前から少し離れた場所に着地すると、居合わせた人達が俺を見て騒ぎ出した。スマホを構えている人もいるので、じきにSNSはお祭り状態になるだろう。
玄関を守る警備員さんは緊張した面持ちで敬礼してくれた。俺も答礼を返しておく。自動ドアを抜けて建物に入り、二人並んでいる受付嬢さんに話しかける。
「すまん、陸軍情報部の関中佐からここに来るよう依頼されたのじゃが・・・」
「はっ、はいっ!承っております。すぐに案内の職員をお呼び致しますので、恐縮ですが少々お待ち下さい!」
受付嬢はぎこちない動きで固定電話の受話器を取りボタンを押して話しだした。
「こっ、こちら受付です。玉藻様がおいでになりました。至急案内の職員を・・・はあ、はい、私がですか!・・・承知しました」
通話の途中から声が大きくなった受付嬢さん。ロビーに居合わせ人達や警備員さんが何事かと注目しているぞ。
「失礼致しました、僭越ながら私がご案内させていただきます。こちらにどうぞ」
「ふむ、手数をかけるが頼むぞえ」
残った受付嬢さんは一人で大変だと思うのだが、外務省さんの判断に口を出すつもりはない。
「失礼します、玉藻様がお着きになりました」
受付嬢さんに続いて部屋に入ると、三人の男性が応接セットのソファーから立ち上がり俺に深く礼をした。
「玉藻様、ご足労をおかけして申し訳ありません」
「なに、構わぬよ。妾も興味があるでな」
先に部屋に居たのは、宮内省の侍従長さんと太政官さん。そして陸軍の鈴置中将だった。三人共英国との話し合いに出る為待機しているのだ。
三人に着席するよう促し俺も座る。すぐに女性の職員さんがお茶を淹れて持ってきてくれた。受付嬢さんは職員さんと一緒に退出し、部屋の中には玉藻の秘密を知る者のみとなった。




