第五十六話
「舞、それは駄目だ。許される事ではない」
「ええっ、何で!」
ぐずる舞を何とか説得しようとしている俺。それを微笑ましく眺める母さんに遠い目で現実逃避する父さん。逃げていないで舞を説得してくれませんかね?
「お兄ちゃん、大きなお風呂入ろう!」
「そうだな、広いお風呂なんて中々入れないから楽しみだな」
切っ掛けは舞のお風呂入りたい発言だった。大勢が入れるお風呂なんて小学校の林間学校で入っただけだったし、俺も楽しみなので異存は無い。
「早く行こう!お兄ちゃんとお風呂、お兄ちゃんとお風呂!」
「えっ、舞、ちょっと待て。お兄ちゃんは男湯に入るから一緒には入れないからな?」
まさか一緒に入ると思っていないだろうけど、念の為釘を差しておく。すると舞の表情があからさまに変化した。
「お兄ちゃん、一緒に入れないの?」
「お兄ちゃんは中学生だからな。女の人が入るお風呂には入れないぞ」
小学生高学年ならばその辺りの分別はついていると思うのだが、初の家族旅行に浮かれて少々幼児化しているのだろうか。
「そんな・・・あっ、ならば女の人になれば良いわね。お兄ちゃん、お姉ちゃんになって!」
「確かに女の子になれば解決するわね」
「ちょっ、母さんまでとんでもない事を言わないで!」
女体化してまた男性に戻れるスキルがあるなんて公表されていないのだから、女体化して女風呂に入り部屋で男に戻ればバレない可能性は高い。
しかし、それをやってしまえば歯止めがかからなくなる。法律はそんな事を想定していないから違法や不法にはならないかもしれないけれど、だからこそ自制しなければならない。
「優ちゃん、固いわね。お母さん舞ちゃんと優ちゃんと一緒にお風呂入りたいわ」
「保護者なんだから悪魔の誘惑しないで!百歩譲って母さんと舞と入るにしても、他のお客さんが居たらマズイでしょ!」
何とか思い留まらせようと必死の説得を続ける。しかし、俺の反論を聞いた瞬間に母さんと舞の顔にニヤリと擬音を付けたくなる笑みが浮かんだ。
「そうね。他のお客さんが居たらマズイわよね。だから他のお客さんが来ない部屋の露天風呂で一緒に入りましょうか」
「部屋のお風呂なら他のお客さんが来ないから構わないわよね。お兄ちゃん、お姉ちゃんになってね」
その瞬間、俺は母さんと舞に嵌められたのだと理解した。いつの間にそんな打ち合わせをしていたのだか。
「えっと、父さん?」
救いを求めて父さんを見るも、視線を逸らされ逃げられてしまった。この場に俺の味方は存在しないらしい。
「父さん、ちょっとロビーでお土産見てくるな」
「行ってらっしゃい、ゆっくりしてきてね」
そそくさと離脱を図る父さんを笑顔で見送る母さん。この世には神も仏も居ないのか。
『心配せずとも良い。神は常にそなたを鑑賞・・・ゲフンゲフン、見守っておるぞ』
脳裏に迷い家で伝言をしていた女神様の声がしたような気がするけど気の所為だろう。気の所為だと思いたい。
そのまま一緒に入浴というのは色々とマズイので、観念して女体化し露天風呂に入った。
母さんと舞は嬉しそうだったし、風呂から見える山々は雄大で綺麗だった。理性や精神がガリガリと削られはしたけれど、良かったと言うことにしておこう。




