第五百五十九話
「では、中尉への釣り書きは全て返すという事で。次が本題なのですが・・・」
侍従長さんが仕切り直す。正直、本題に入る前に疲労困憊状態なのだが。
「英国よりデンシカの角を大量に持ち帰ることができた方法を開示してほしいとの要求がありました。見返りとして欧州での銃砲の詳細な情報を出すとの事です」
「我が帝国で銃器は海軍しか使っていない。我ら陸軍としては陸での運用を英国から吸収出来ればと思う。だが、それだけで迷い家の情報を開示するのは釣り合わない」
英国が提示する情報にどれだけの価値があるのか。それは俺が持つ前世の記憶とどれだけ乖離しているかにより変動する。
それを確認する為にも英国からより詳細な情報を引き出す事にはそれだけで価値がある。そして、是非とも確認しておきたい事もあるのだ。
「出来れば前世とどれだけ乖離しているかの確認をしたいですね。特に戦車と噴進砲の存在は知っておきたいところです」
「戦車?噴進砲?何ですかそれは!」
戦車は機関銃の登場で発展した塹壕戦を打開すべく英国が開発した。機関銃が猛威を振るった日露戦争が起きなかったこの世界、機関銃はあるようだが塹壕戦という概念は恐らく無いだろう。
となると、それを打開する兵器である戦車が開発されているのかどうか。その情報は今は役に立たないだろうけど、将来を見据えると知っておくべきだと思う。
そして噴進砲、ロケットやミサイルと呼ばれる兵器だ。これは第二次世界大戦でドイツが対英国用に開発した兵器。第二次世界大戦が無かったこの世界には無いと思うが、存在しないとは言いきれない。
俺は戦車とミサイルについて説明した。日本から米国まで届く兵器と聞いた全員が絶句している。この世界最大の兵器である大和の主砲でも四十二キロしかないのだから無理もない。
「驚かれているが、埼玉県秩父吉田で行われている龍勢祭というお祭りがあります。竹竿を火薬の力で打ち出すお祭りですが、原理はロケットそのものです」
元は松明を高く投げるお祭りだったそうだが、鉄砲の伝来により火薬を使って竹竿を打ち上げる物に変わっていったらしい。千五百七十五年からの由緒あるお祭りなので、歴史改変に影響されず行われているようだ。
「必要とされる技術は桁違いですが、火薬で物を打ち出すという発想がある以上欧州でそれを考えた者が居ないとは限りませんから」
「もしそんな兵器があるなら、対抗策を開発しておく必要があるという訳ですね」
太政官さんの呟きに首肯して肯定する。今は欧州を牛耳る英国が同盟国なのでミサイルがあっても日本に向けられる事は無いが、将来に渡ってそうだとは限らない。
英国が衰退しドイツやフランスが主導権を握るかもしれない。なんらかの理由で日英同盟が破棄されるかもしれない。
軍人は楽観視する事無く、最悪の事態も想定して対抗策を用意するのが仕事なのだ。兵器開発には時間がかかるし、早めに対策を打てるなら打つ方がよい。
 




