第五百五十二話
「・・・と言う訳で今日は迎賓館内で缶詰だ」
「優お兄さん、流石にあの状態で外に出る勇気はありません」
アーシャと舞に関中佐からのお言葉を伝えると、テレビを指さしたアーシャから反論された。大画面の壁掛けテレビではワイドショーが放送されていて、とても見覚えのある建物が映っている。
尚、滝本家が借りている部屋にアーシャが居るのはニックと共に遊びに来ているからだ。もうそれが当たり前になってしまい、二人とも家族同然になっている。
「他の局でもその話題でもちきりだね」
「アーシャも優君も舞ちゃんも可愛く映っているな」
父さんがチャンネルを変えてみたが、何処の局でも秩父の件を扱っていた。現地に居合わせた人が撮った動画を放映している局もあった。
「優ちゃんが出掛けないなら迷い家に入れて貰おうかしら」
「そうだな。ニック、また釣りをやろう」
「おっ、それは良い。優君、頼めるかな?」
ニックは遠慮がちに聞いてきたが、玉藻になって入り口を開くだけだ。当然二つ返事で了承した。
「お兄ちゃん、舞の訓練に付き合って。もう飛べると思うの」
「もうそんなに上達したのか。じゃあ一緒に練習しような」
いきなり舞自身が飛ぶのではなく、まずは俺を飛ばしてもらおう。玉藻なら何かあっても空歩でリカバリー出来るから練習にはうってつけだ。
「優お兄さん、お台所を借りて良いですか?作ってみたい物があるので」
「それは構わないけど、大丈夫?」
舞と俺が練習している時はアーシャが寂しいかと思ったが、アーシャはやりたい事があるようだ。何を作りたいのかは知らないが、一人で調理出来るのだろうか。
「優ちゃん、お母さんが見るから大丈夫よ。お母さんはお昼ごはんの仕込みをしたいからアーシャちゃんを見ておくわ」
「了解。それじゃあ念の為に奥の部屋で迷い家を開くよ」
無いとは思うが、誰かが入室してきた時に迷い家の入り口を見られないよう寝室で迷い家を開く。全員で中に入り、父さんとニックは釣り竿と魚籠を持って岩場へ。アーシャと母さんは母屋へ。俺と舞は砂浜に向かった。
別れ際に母さんとアーシャに畑や果樹園の作物は自由にしてくれと言っておいた。今更ではあるけれど、言わないと律儀に許可を求めてくるからね。
「舞、お兄ちゃんが走り回るから、その慣性を使ってお兄ちゃんを浮かしてみるんだ」
「うん、玉藻お姉ちゃんを飛ばしてみせるね!」
動いていない状態では増幅や操作をするべき慣性が無いので、俺は舞の周りを小走りで走る。すぐに走る勢いが強くなり、体が砂から浮いたのを感じた。
「おっ、上手いぞ舞。その調子だ」
舞は少しづつ慣性を強めていった。様子を見ながら徐々に出力を上げていく慎重さは、強力なスキルを行使するにあたって必要な資質だろう。
人間を飛ばしたのは初めてだろうに、舞はすぐに上達していった。これならば昼からは舞自身が飛んでも大丈夫だろう。




