第五十五話
「どちらにするべきか・・・迷うなぁ」
今俺達は高速鉄道も停車する主要駅にある弁当売り場に来ている。昼食をとるに当たってここで有名な駅弁を買おうという事になったのだ。
一つは達磨さん型の容器に入ったお弁当。この近くに達磨大師のお寺がある事に由来する。もう一つは小さなお釜の入ったお弁当。古くからある有名な物だ。
「ここは歴史に敬意を表して釜飯にしよう」
「すいません、達磨弁当を二つと釜飯を二つ下さい」
母さんが代金を支払い、俺が弁当ごと入った袋を受け取る。母さんと俺が釜飯を選択し、舞と父さんが達磨弁当を選択した。
「お兄ちゃん、釜飯少し頂戴」
「良いぞ。そっちも少し貰うよ」
「お父さん、どうぞ」
「ありがとう。母さんも、ほら」
結局、兄妹と夫婦でそれぞれシェアをして両方のお弁当を味わう事が出来た。どちらも美味しくて帰り道にまた買いたいと思った。
国道に戻り北上を続ける。関東平野を抜け山々が近くに見える。前世にもあった白い観音様の巨大な像が山頂から見下ろしている。
「あの観音様、中に入って上れるみたいだぞ」
「帰りに寄りましょうか」
上機嫌な父さんと母さんの会話を聞きつつ国道沿いに流れる綺麗な川を眺める。やがて国道は狭くなり、山に向かって走っていく。
「優、舞、気持ち悪くなっていないか?」
「私は大丈夫だよ」
「俺も今の所大丈夫だ」
カーブが続く山道になり、父さんが俺達の体調を気遣う。こんなに長く車に乗ったのは初めてだしこの山道だ。車酔いにならないか心配なのだろう。
「ここ、遊園地か?」
「凄いレトロな感じ。ちょっと行ってみたい!」
途中ドライブインに併設されていた小さな遊園地に驚いたり、かなりの高さにかかった橋を渡ってその高さに驚いたりした。
「えっと、この辺の筈だが・・・あった!」
長時間のドライブで着いたのは、駅を中心に作られた旅館街だった。駅前から少し離れた役場の駐車場に車を停めて中に入る。
「すいません、明日から診療を行う滝本ですが・・・」
「お待ちしておりました、滝本先生。ようこそ水中へ!」
父さんが窓口で名前を告げると、職員さんは笑顔で迎えてくれた。
「すぐに滞在していただく旅館に案内します。ささ、こちらです」
案内されたのは役場のすぐ近くに建つ温泉旅館だった。車を回して荷物を下ろす。スキルで診察する父さんは医療用の機器が必要ないので荷物は多くない。
母さんが受付を済ませ、仲居さんに案内されて宿泊する部屋へ。通された部屋は露天温泉付きの洒落た和室だった。
「本日はゆっくりと休憩されていただき、明日から診察をお願いします。場所は役場で行いますので、明日朝9時にお迎えに参ります」
役場の人が下がり、仲居さんも部屋の説明をして下がった。
「お父さん、お疲れ様。慣れない運転で疲れたでしょう」
「まあね。でも、免許を持っているのが俺だけだから仕方ないよね」
俺は母さんが淹れたお茶を啜る父さんに気になった事を聞いてみる。
「ねえ、駅が近くにあるけど電車で来るという選択肢は無かったの?」
高速鉄道で駅弁を買った駅まで行き、ローカル線に乗り換えて来れば時間も早く来れたし父さんの消耗も少なかった筈だ。
「・・・あ、うん。その手もあったね」
どうやら父さんの頭から鉄道という選択肢は抜けていたらしい。俺としてはドライブも楽しめたし良いのだけどね。




