第五百四十九話
乗ってきた車に再び乗り、駐機場で待機している人員輸送機に乗り込む。輸送機と言っても要人仕様になっていて、中は前世の旅客機のようになっていた。
機内では熊谷少尉が待っていた。彼は操縦士でもあり、予備の操縦士として乗り込み何もなければ俺達の世話をしてくれるとの事。
「滑走を始めます。座席にお座りになりベルトを固定して下さい」
スピーカーから聞こえてきた機長さんの指示に従いベルトを着ける。熊谷少尉がそれを確認して機長に合図を送った。
既に発動機が回っていた機体はタキシングを開始する。飛行機は誘導路を抜けて滑走路の端で停止した。少しの間を置いてから再び加速する。日が落ちかけた基地の風景が流れていき、機体は軽やかに空へと浮かんだ。
「この機体は最新型ではありませんが、長期間の運用を誇る良い機体です」
熊谷少尉の説明によると、この機体は群馬県の飛行機研究所という所で作られたそうだ。納品先が陸軍のみという小さな会社らしい。
前世と違って飛行機を運用しているのは陸軍くらいだから仕方がないのだろう。と言うか、それでよく経営が成り立つものだ。
舞とアーシャは空からの眺めに夢中になっている。飛行機での移動が一般的ではないこの世界では珍しい体験となるだろう。
「そろそろ着陸します」
熊谷から練馬までは八十キロ程度だ。時速二百キロでも三十分程で着いてしまう。飛行機は徐々に高度を下げていった。
日は完全に落ちきっていないものの、辺りは結構暗くなっている。そんな中、照明の明かりを頼りに操縦士は見事に着陸を成功させた。
車輪が全て接地しスピードが落ちていく。滑走路の端まで余裕をもって充分な減速をした機体は滑走路から外れて誘導路に入った。
「お疲れ様でした、ここからの警護は練馬基地に引き継がれます。皇女殿下にお乗り頂いた栄誉は一生忘れません」
「お世話になりました。基地司令にも宜しく伝えて下さい」
操縦士と熊谷少尉に見送られてタラップを降りる。そこには黒塗りの高級車が停車し数人の軍人が整列して待っていた。
基地司令と基地首脳部の挨拶を受け、アーシャが応じてから車に乗り込む。挨拶の内容は割愛する。あまりにも長く内容が薄い挨拶にアーシャの機嫌が急降下した事だけは明記しておく。
前と後ろにそれぞれ数台の護衛車両が走り、左右を武装したバイクが挟んで警戒する。要人が乗ってますアピール全開だが、マスコミも刺客も手が出せないだろう。
仰々しい車列の情報を掴んでも何かを仕掛けるには準備をする余裕が無いだろうし、迎賓館に着くまでそう時間もかからない。
かくして俺達は無事に迎賓館に帰り着き、送ってくれた練馬の部隊はそのまま帰って行った。無事任務を果たした熊谷と練馬には後日宮内省から感謝の言葉が届くだろう。
「お姉ちゃん、秩父って沢山見どころがあるらしいの。今度は温泉に泊まってゆっくり観光したいな」
「流石にそれは無理だろう。SNSで凄い話題になってるぞ」
案の定、秩父での騒動は居合わせた人達が動画に撮ってSNSに上げていた。アーシャの変装も広く知られてしまったし、暫くはお忍びは無理じゃないかな。




