第五百四十八話
「滝本中尉、ちょっと良いか?」
「どうされました、木原司令」
事前に想定していた行動予定では、ここから小型輸送機に乗り練馬に降りるとなっていた。何か不具合でも発生したのだろうか。
「練馬は本格的な滑走路ではなく簡易滑走路だ、照明施設はここや横田に劣る物しか無い。仕様では小型機の発着が可能とはいえ、万が一の事を考えるべきでは?」
「それはつまり、経由地を練馬から横田に変更するか空路を使わず陸路で戻るべきだと?」
この世界の日本で飛行機は軍の物資輸送と急ぎの人員輸送に使われている。物資輸送は昼間に行われるし、人員の輸送も夜間に行われる事は滅多に無い。
つまり、航空機を運用する陸軍でも夜間飛行の経験は多いとは言えない。その上、着陸するのが簡易滑走路の練馬で照明施設も貧弱ときている。皇女殿下の御身に万が一があってはと司令が変更を打診するのもわかる。
しかし、ここから横田に飛ぶのではかなりの手間がかかる。横田から車で迎賓館に戻らなければならないのだ。
ここから東京駅まで八十五キロ程。福生から東京駅までは五十八キロ程だと記憶している。二十七キロの差ならば横田に飛ぶ事を考えるとここから車で戻る方が楽だし早い。
という事で横田に飛ぶ案は却下だ。車両で戻る場合高速道路で花園ICから練馬ICを走る事になる。確か距離は七十二キロくらいか。
一時間で到着するので時間的には良いのだが、物々しい警護の車列で更に一時間となると舞とアーシャの精神的疲労が気になる。
「横田はそこから市ヶ谷まで遠いので却下ですね。ここから車両で移動するのも襲撃やマスコミ対策という観点上賛成出来ません」
今頃SNSはお祭り騒ぎだろう。そこから少し考えれば俺達を拾ったのが熊谷の陸軍部隊だと容易に辿り着く。となればマスコミが来るのは時間の問題だろう。
そして、もしアーシャに対して害意を持つ者が居ればここから出る車両をチェックするだろう。物々しい警護車両を連ねての移動なんて、皇女殿下がここに居ますと喧伝するような物だ。
「・・・以上の点から、本官は予定通り練馬に飛ぶ案を推します。司令の指揮のもと鍛えてきた隊員さんを信じましょう」
「そうだな、指導してきた俺が部下を信じなくてどうするのか。中尉、ありがとう」
俺は司令が差し出してきた右手を握る。彼からすれば、俺は司令の部下を信じて夜間着陸のリスクを負う事を選んだと見えるのだろう。
しかし実際は違う。万が一着陸時に事故が起きたとしても、俺と舞、アーシャは身の安全を確保出来る確証があったからだ。
機体の挙動に異常があれば、俺達は迷い家に避難すれば良い。そうすれば例え機体が爆発炎上しようとも無傷で生き残る事が出来るのだ。
非情なようだが、まず確保するべきは俺たち一家とアーシャ父娘の安全。例え玉藻の正体がバレようとも、俺はそれを崩すつもりはないのだ。




