第五百四十一話
列車が動き出し、風景が流れていく。対面座席の進行方向窓側にアーシャが座り、隣に俺、対面窓側に舞が座った。
「あそこ、公園かしら」
「大きなお家がある。お兄ちゃん、あそこは何?」
住宅街が並ぶ下町といった風情の中を走っていたが、進行方向右手に川と堀に囲まれた平屋の建築物が建っていた。
「ああ、あれは練馬城だよ」
「えっ、お城ですか?お城は高くて大きな建物と思っていました」
「舞も。だって、江戸城も広島城も立派だもん」
二人が想定しているお城は、大きな天守を持つ典型的なお城だろう。普通はお城というとそのイメージを持つ。
「そういうお城が出来る前は、ああいう大きな館だったんだ。有名どころでは京都の二条城がそうだな」
「ソーナンだ!流石お姉ちゃん、博識!」
舞は最近お気に入りのアニメのネタを入れつつ感心してくれた。お兄ちゃんはアニメや漫画の主人公じゃないから、事件に遭遇しまくったりはしないからな。
更に列車は走り畑や水田といった緑も見えるようになってきた。遠方には目的地である秩父山地の威容が見える。
「こんなに山が近いのに大きな町なのね」
「日本の七割は山地だからね。貴重な平地を有効活用しているんだ」
利用できる平地が少なく、資源もなく、災害が多い。こんな条件の国を先人達はどうやって世界でもトップクラスの国に育て上げたのか。
「すいません、ご予約されている滝本様でしょうか?」
「はい、滝本です」
「ご利用ありがとう御座います。どうぞお乗り下さい」
改札口を出た俺達は制服らしきカッチリした服を着た初老の男性に呼び止められた。この人はタクシーの運転手さんで、俺が事前に予約をしていたのだ。
「年若い女性三名様とお聞きしていましたが、こんなに可憐な方たちばかりとは思いませんでした。観光客の中には不埒な考えを起こす者もおります。ご注意下さい」
「ご心配ありがとう御座います。ですが、自衛するに足るスキルを持っていますので」
スキルがあるこの世界では、見た目が華奢だからと侮ってはいけない。実際、俺達に危害を加えるならば世界でもトップクラスの探索者を連れて来る必要があるだろう。
運転手さんと話していると、すぐに最初の目的地に着いた。秩父の観光スポットで必ず名が挙がる有名どころ、秩父神社だ。大鳥居の近くで降ろしてもらい、運転手さんに見送られて参拝に向かう。
「お姉ちゃん、こんなに近いなら歩いて来れたんじゃない?」
「ここは近いけど、次からの場所は遠いのよ。それに、歩きだと人の目がね」
アーシャの正体がバレていなくても、舞とアーシャという美少女二人が目立たない訳が無い。参道を歩いている今も他の観光客からの視線を集めてしまっている。
「お姉さん、視線を集めているのは私と舞だけではなくお姉さんもかと」
「と言うより、お姉ちゃんの方が注目されてるわよね」
アーシャ、しれっと心を読むのは止めてくれ。そしてそれは事実陳列罪だ。少しくらい現実逃避をさせてくれ。




