第五百三十九話
「おはようございます、中尉殿。お疲れのようですが連休中も激務だったのですか?」
「おはよう、辻谷君。連休中軍務で放置した妹に次の休みに遊びに連れて行けと強請られてね」
精神的な疲れの要因はワンピースを着てお洒落をしての外出という所にあるのだが、そこまで詳細に語る必要はない。
「妹さんですか。中尉に似て優秀だとお聞きしましたよ」
「よく知っているな」
「一時期かなり報道されましたからね」
父さんの件もあり、俺達一家の事はマスコミに散々報道された。俺ら本人が取材に応じなかった為、マスコミは俺達の周辺情報を調べてそれを報じたのだ。
「辻谷君は親戚の家に行ったんだったな。どうだった?」
「どうもこうも、集まった近所の人や外戚の連中に紹介されて自慢の種にされただけです。もう二度と行きたくないですよ」
マウントをとる為の道具にされたのか。その親戚とやらは滝本本家の連中に近い感じの人なのだろう。近づきたくないタイプだな。
授業が終わり情報部に顔を出す。先輩達は俺に気付くと仕事の手を止めて話しかけてきた。
「滝本中尉、お疲れさん。今日は中佐も居ないし仕事は特に無いぞ」
「デンシカの角は総務に丸投げだからな。あっちは多忙だろうけど嬉しいだろうな」
嬉しいとはどういう事だろうか。連休明けに大量の素材を捌くという仕事が入れば、持ち込んだ俺を恨むレベルで忙しくなると思うのだが。
「デンシカの角は供給が追いつかなくて、総務はあちこちの企業や研究所から回してくれないかとせっつかれていたからな」
「その全てを賄える訳では無いだろうけど、煩い所を黙らせる位は出来るだろうから忙しくてもやり甲斐はあるだろうぜ」
唯一あったダンジョンに干渉する機会に階層指定しての転移が出来るようにしていれば、ダンジョン探索は進んでいただろうしレアドロップを集めるのももっと楽だっただろう。それを思うとあのイタズラ好きな神様の愚行に腹が立ってくる。
「中尉達は一年分以上の仕事をしたんだ。暫くは士官学校でゆっくりすれば良い」
「ありがとうございます。しかし、正式に任官したのに仕事をあまりしていないような・・・」
先輩達はいつも忙しそうにしていて、ここに全員が揃っている事もない。毎日誰かしらが外出や出張をしていて諜報活動に勤しんでいるのだ。
「元々軍が中尉に期待したのはダンジョン攻略だ。指揮系統の問題で情報部所属となっているが、少なくとも士官学校を卒業するまでは本格的な諜報をさせるつもりは無いだろう」
「中尉の着せ替え人形は諜報向けでもあるから、やらせれば即戦力になるだろうと思う。だが、中尉はダンジョンに注力するべきだな」
「ありがとうございます、お言葉に甘えさせていただきます」
話をしてこれ以上先輩達の仕事の手を止めるのは迷惑になると判断し、挨拶をして部室から出た。関中佐といい先輩達といい、俺は良い人達と知り合えた。
陸軍の全員がそうではない事は知っているが、初めに接触したのが海軍ではなく陸軍で本当に良かったと思ったのだった。




