第五百三十三話
「もうすぐ連休ですけど、中尉殿は帰省されるのですか?」
「いや、父方の方は絶縁状態だし母方は瀬戸内で遠いからなぁ」
連休前の士官学校。昼食を食べながらの雑談で辻谷君に帰省するのかと聞かれた。デンシカの角集めという軍務があるから帰省出来ないのだが、別の理由で誤魔化しておく。
「自分は帰ろうと思ったのですが、宇都宮の親戚の家に顔を出すよう言われまして。士官候補生が親族に居ると自慢したいようで気が重いです」
士官学校への入学は狭き門を潜る必要があり、士官候補生になれただけでもステータスとなる。いきなり退学となった彼はそれを捨ててしまったので、本当に馬鹿な真似をしたものだと思う。
「そう言えば出身を聞いていなかったな」
「青森の小さな村ですよ。帰るにも一苦労な辺鄙な場所です。八戸までは高速鉄道で楽に行けますが、そこから長いので・・・」
関東圏と違い地方では公共交通機関が無い場所もある。最寄り駅から少ない便数のバスに乗り、最寄りのバス停から更に歩きで数時間みたいな感じなのだろう。
「帝都に居ると鉄道もバスも充実しているから楽だな。しかし青森出身にしては訛りが無いな」
「方言話すのは祖父や曾祖父の世代ですよ。若者は帝国標準語を使います」
言われてみれば、前世で仕事で青森や岩手を訪れた際に方言を話す人に遭遇する事は少なかった。この世界でもそうなのだろう。
「地元民は方言でも理解できますが、他所から来た人だと話が全く通じないなんて事もあります」
「ああ、それは分かる。俺も母方の実家に行った時に方言で話されて理解できない所があったからな」
同じ日本人が話す日本語なのに会話成立しないのだから面白いものだ。
学校が終わり迎賓館に帰ると、舞とアーシャが動画配信サービスでアニメを視聴していた。話しの途中みたいなのでそっと奥の部屋に行き私服に着替える。
「お兄ちゃんお帰りなさい」
「ただいま。アニメとは珍しいな」
舞もアーシャも普段アニメを見ている様子はない。面白いアニメを見つけたのだろうか。
「この迷探偵ソーナン、結構面白いの!」
「推理小説好きな青年がトラックに轢かれて異世界転生して、前世の知識を駆使して難事件を解決していくんです」
二人とも相当気に入っているようで、嬉しそうにアニメについて教えてくれた。
「でもね、舞とアーシャちゃんが見だしたのは別の理由かあるからなんだ」
「主役のソーナンを演じる声優さんがお兄さんと同じ名前なんです」
主人公の少年役の声優さんが北本遊という人らしい。字は違うけど読みが同じなので興味を持ち視聴したそうだ。
「ダンジョンでもこれ見ながら迷い家で大人しくしてるから・・・」
「まだ諦めていないのか。もう潜るまで日もないし、許可貰うのなんて無理だから諦めなさい」
あの手この手でダンジョン行きをもぎ取ろうとする舞とアーシャ。でも、今回ばかりは連れて行く事は出来ないからなぁ。




