第五百二十七話
「ええっと、殿下のご意向は賜りましたが簡単に『はい、分かりました』と承諾出来る案件では・・・」
汗を拭きつつ困った様子で俺を見る太政官さん。多分俺に説得して欲しいのだろうけど、俺としてはアーシャの気持ちを優先したい。
ここは宮内省内にある応接室。ここには宮内省から太政官さんと侍従長さん。陸軍から関中佐と俺。そしてロシア皇帝家からニックとアーシャが参加して会談を行っている。
事の発端はゴールデンウィークにデンシカの角を集めてきて欲しいという関中佐からの要望だった。三人娘の装備更新が為されていない現状、先に進むのは憚られる。
しかし、デンシカ戦ならば現在の装備でも問題がない為、需要が多いが供給が少ない角を集めようという事となった。勿論俺に異存などなく、冬馬軍曹達も拒否する筈もない。二十六階層鹿狩りツアー開催が決定した。
そこで俺は、次の休みを利用して久々に食肉確保に行こうと思い立った。迎賓館に滞在している現状では母さんが料理の腕を奮う事はなく食材は不要だったが、迷い家に籠もるなら肉を確保しておきたい。
関中佐からの許可も得て両親にもそれを話したのだが、それを聞いた舞が一緒に行くと言い出した。肉集めは軍の任務で行くわけではなくプライベートでの行動なので、舞が同行する事に問題はない。
二つ返事で許可すると、次はアーシャも一緒に行くと言い出した。ダンジョンはこの間の上野と違い、すぐに戻るという訳には行かないからだ。
一泊二日の予定なので夫婦鶏までは行かないが、十階層のオークと十一階層の突撃牛を狩る事になる。何かあった時にすぐ地上に戻るのは難しい。
という訳で宮内省のトップ二人に話を通しにきたのだが、当然ながら難色を示されてしまった。世界最高峰の貴人が危険なダンジョンに潜りたいと言うのだから、殆どの人間は止めるだろう。
「未成年の少女がダンジョンに入る事に反対するのもわかる、なので父親である私も一緒に行くという事で納得してもらえまいか」
「「更に悪化させないで下さい!」」
侍従長さんと太政官さんの反論がハモる。そう言いたい気持ちはよく分かるから、俺と関中佐は苦笑いしながら状況を見守った。
まだ義務教育中の少女がダンジョンに潜りたいと言う。反対されたので、保護者である父親も同伴して潜ると提案した。
そう書くと妥当な解決案だと得心してしまうけど、実際はダンジョンに行きたいという皇女殿下に皇帝陛下までついて行くという提案だからなぁ。
「ダンジョンを少し見させてもらうかもしれぬが、戦闘に参加したりはせぬよ。私とアーシャは玉藻殿の迷い家で過ごさせてもらうつもりだ」
「玉藻お姉さんの迷い家ならば安全です。私達が助けていただき匿って貰っていた時と同じ状況になるだけですよ?」
「ぐっ、そう言われると・・・」
皇帝家父娘の説得に、太政官さんは言葉を継げなくなる。迷い家の中は絶対に安全だと彼らも分かっているからだ。
「・・・玉藻様、絶対にお二人を戦闘に巻き込まないようお願い致します」
「分かりました。二人には掠り傷一つつけない事をお約束致します」
こうして、アーシャのみならずニックまで一泊二日の肉狩りツアーに参加する事となった。二人とも、これを前例にデンシカ狩りにもついて来るとか言わないよね?




