第五百二十一話 とある陸軍士官学校にて
優君が登校してきた日の放課後、彼が帰った後の教室で辻谷は女子生徒に囲まれていた。
「可愛い!ワンコやニャンコも良いけど、鳥さんも良いわね!」
「辻谷君、次はフンボルトペンギンをお願い!」
人形召喚のスキルを持つ辻谷は毎日のように女子生徒から人形を出す事を頼まれていた。そして女子に囲まれた彼を男子生徒達が羨望と怨嗟が乗った視線で睨んでいる。
「そろそろ下校しないとマズイからここまでね」
「あっ、もうそんな時間!続きは夕食後にね!」
彼女らが教室で人形をせがんだのは、寮だと他のクラスの女子も来るためモフモフを触れる時間が短くなるからだった。
「あれ、辻谷君何処行くの?」
「ちょっと用足しにね」
教室を出た彼は校舎の玄関とは逆方向にあるきだした。話しかけた女子は答えに納得して寮に向かった。
「中に誰もいないな。それでは人形召喚!」
トイレに誰も居ない事を確認し一番奥の個室に入った辻谷は、鍵をかけるとスキルを使い人形を呼び出した。
「本日は登校。任務は不明」
「本日は登校。任務は不明」
辻谷が呼び出したのは、一羽の九官鳥だった。しかし、優や女子達に見せている手の平サイズではなく本物の九官鳥と同じ大きさだった。
九官鳥は辻谷のセリフを復唱すると、窓から飛び立っていく。このトイレの窓は斜めに開くタイプで、人間は頭も通らない狭さしか開かないが九官鳥ならば楽に出られるのだった。
「これで良し。ろくな情報を送れていないが、バレたら元も子もないからな」
水を流す音に紛らわせて小声で愚痴を溢した辻谷は、個室から出て人が居ない事を再度確認した。水道で手を洗い何食わぬ顔で寮に帰る。
彼は海軍から放たれた諜報員だった。得た情報を電話やメールで送れば履歴が残る。手紙なんて論外だ。
しかし、九官鳥による口伝ならば証拠は残らない。九官鳥は決められた場所で待機する連絡員に情報を伝えると消えるようになっている。また、連絡員以外に捕まった場合は即座に消えて証拠を残さないのだ。
「全く、いくら俺が童顔だからって学生にするなんて・・・」
声に出さず愚痴る辻谷。実は彼はクラスメートよりも一回り年上なのだ。田舎の学校の実在する人物の名を使っており、書類上はそこから入学した事になっている。
その人物の中学時代の写真等も捏造されすり替えられていて、願書などの書類はその学校から正式に提出されている。万が一陸軍情報部が調べても不正を見つけるのは難しいだろう。
こんな芸当を海軍単独で出来る筈もなく、この件には文部省も一枚噛んでいた。海軍と文部省は陸軍憎しの感情から手を結んでいたのだ。
「この仕事が終わったら年金課に配属してくれるって言ってたけど・・・本当かなぁ」
辻谷の活動は続く。安全で仕事の少ない理想の部署に赴任する為に。海軍の人事部が約束を守るかどうか、それを疑いながらも従うしかない辻谷だった。




