第五百十七話
「で、舞のスキルはどうなんだ?」
「一言で言うなら規格外。スキルを秘匿したのは大正解だったよ」
「良く分からないけど、そこまで凄いスキルなの?」
夕食後、スキルの鍛錬に夢中な舞を眺めつつ紅茶を飲みながら両親と話し合う。父さんと母さんは慣性制御のトンデモなさを理解できていないようだ。
まあ、それも仕方ないと言える。普通に生活していたら慣性なんて気にする事は無いので、それを操作出来ると言われても何が出来るのか想像出来ないのだ。
「範囲制御とセットで使い熟す事が出来たら、という前提条件付きだけどね。攻撃・防御・移動に多大な威力を発揮するよ」
「攻撃は何かを飛ばすやつね。防御は飛んでくる物を落としてしまう、だったかしら?」
「物理攻撃にも有効だよ。無手や武器で攻撃する時は振りかぶって勢いをつけるでしょう?それを無くしたらまともな攻撃にならないよ」
例えば右手でパンチを打つ時。右腕を後ろに引き、腕を突き出すと共に右足を踏み込んで腰から胸、肩から腕へと勢いを伝えて威力を増す。そして腕が伸び切った場所で拳を当てられれば最大限の威力を発揮出来る。
しかし、舞の慣性制御で慣性を無くした場合、そういったモーションで増した威力の全てが無くなってしまう。単純に肩と腕の力で前に突き出した拳の破壊力だけになってしまうのだ。
「とまあ、こんな感じで腕だけ突き出したパンチなんて軽そうでしょう?舞の慣性制御は強制的にこの状態にしてしまうから・・・」
これは無手だけではなく武器を使われた場合でも変わらない。腕の力だけで押し当てられた剣にどれだけの攻撃力があるのやら。
「攻撃と防御は分かったわ。でも、移動にどう使うの?」
「軽くジャンプして、その慣性を真上にして重力より僅かに強くすれば理論上浮遊できる筈なんだ。そして慣性の方向を真上から斜め上にすれば飛べるだろう。でも、これは舞には言わないでほしい」
もしも制御が甘い状態で試してしまい、勢い余って高空まで飛んでしまったら目も当てられない。パニックを起こして制御が出来なくなり墜落とか、気絶してそのまま落ちる、なんて事にもなりかねない。
それを説明すると、父さんと母さんは舞のスキルに関しては俺に一任すると言ってきた。
「よくもまあ、見たことも聞いたことも無いスキルの活用法や危惧すべき点を思い付くものだ。感心するしかないよ」
「前世にスキルは無かったけど、小説やゲームでスキルを扱った物は多かったからね。慣性制御に似た重力制御は結構あったから」
前世ではネット小説も含めれば、数え切れない程の小説を読んできた。その全てを覚えている訳では無いが、多くの物語を覚えている。
「お兄ちゃん、ほら、見て見て!」
「舞、ちょっとの間に操るのが上手くなったな。と言うか、上手くなるの早すぎないか?」
舞はボールを自身の周りに螺旋状に周回させて足元から頭上へ、頭上から足元へと速さを変えさせていた。
舞が自由自在に空を飛ぶ日は近いかもしれない。




