第五百十六話
「今日はこの辺にしておこう。そろそろ父さんと母さんも帰ってくるだろう」
熱中して検証をやっていたらいい時間になってしまった。ニックとアーシャはこっちの部屋に籠もりきりというのも良くないだろうしね。
「玉藻お姉さん、スキルを使う為の練習ってありませんか?」
「あっ、それ舞も聞きたい!」
二人はスキルを使えるようになったのが楽しいようで、スキルを使う事に意欲的だ。スキルの事を誰にも言えないというのも影響しているかもしれない。
「アーシャは遠視と透視を早く切り替える練習をすると良いかな。舞は慣性制御の力加減を細かく出来るようになるよう練習するべきだと思う」
アーシャは遠視と透視の切り替えやその併用を素早く出来れば危険物等の発見が早くなるだろう。舞は慣性の出力を細かく変えられれば敵を浮かして止めておく等の防御も出来る。
全員で迷い家から出てニックとアーシャは滞在している部屋に帰った。俺は妖狐化と女性体を解きソファーに座って一休み。
「力加減の訓練って、どうすれば良いのよ・・・」
舞は訓練の方法が思いつかず唸っている。俺は心を鬼にしてそれを見守っている。何でも教えてしまうと自身で考えるという事をしなくなってしまう恐れがある。
では、俺がやってきた訓練は自分で考えたのか?と問われるとそうだと断言は出来ない。前世の知識を基に考えた物だからだ。
「うぅん、見当もつかないよ」
「舞、やってきた事を思い出すんだ」
方向性すら掴めない舞にヒントを与えてしまった。可愛い妹が悩んでいるのだから、手助けする位は別に良いよね。
「やってきた事・・・あっ、そうだ!」
何か閃いたらしい舞は自分の部屋に行きペンケースを手に取り戻ってきた。
「これを飛ばす速さを少しづつ変えるようにすれば!」
「舞、それだと調整が失敗した時に壁を傷付けたり窓を割ってしまう恐れがあるぞ。もっと柔らかい物を使うんだ」
銃弾並みの速度を出せるので、消しゴムといえどもそれだけの威力が出る事は容易に想像出来る。こんな高級な部屋の内装に傷なんて付けたら、修理費用は幾らかかるのやら。
「流石はお兄ちゃん。でも、柔らかい物なんて持っていないよ」
「舞、無い物は作れば良いだけの話だ」
俺は自室に行き文具入れからセロハンテープを取り出す。そして備え付けられたティッシュを三枚取ると丸めてセロハンテープでぐるぐる巻きにした。
「これなら壁や窓に強く当たっても大丈夫だろう」
「ありがとう、お兄ちゃん!」
不格好なお手製ボールを嬉しそうに受け取った舞は放り投げては慣性を操作し方向や速度を変えている。時折制御を誤ったのか、凄い勢いで天井や壁に当たったりしていた。
「傷が付いた様子は無いな。消しゴムでやらせなくて良かった・・・」
俺の胸中など知らぬ舞は、父さんと母さんが帰ってくるまで夢中で訓練をしていたのだった。
 




