第五百十三話
迎賓館に戻った俺は朝まで短い睡眠をとった後玉藻になって皆を迎えに行った。全員で朝食をとると迷い家を出る。
両親は往診の為に宮内省に向かい、舞とアーシャは学校へ。残った俺とニックは特に予定も無いので紅茶を飲んで一休みする。
「何もせずに居て良いのかと思うが、何も出来ないというのが現状だ。気ばかり焦ってしまう」
「居るだけで帝国の利となっている・・・と理屈で分かっていても落ち着かないのでしょうね」
ニックには決められた公務という物はない。時々宮内省の要請で国内の貴族家や有力者と面談する程度しかやる事が無いのだ。
「そういう時は何かをして気を紛らわすのが一番です」
俺は迷い家を開き、物置から桶と釣り竿を取り出す。釣り竿は生態調査をする為に持ち込まれた物で、自由に使って良い事になっている。
「海で釣りでもやってみましょう。結構釣れるらしいですよ」
「やった事が無いのだが、釣れるだろうか・・・」
調査をした部員さんの話では面白いくらいに釣れるそうだ。何が釣れるかは日によって違うらしい。この仕掛けにはエビに似たルアーが付いている。餌を付けたりしなくて良いのは助かる。
岩場に移動して桶を置き釣り糸を垂れる。すぐに引いたのでリールを巻き上げた。ニックにも当たりが来たようでリールを巻いている。
「これは・・・イカですね」
「人生初の釣果がイカというのは・・・」
魚釣りに来て釣れたのが魚ではなかった件。ニックも微妙な顔をしているが、そこはドンマイとしか言いようがない。
「これ、多分アオリイカというイカですね。刺し身に唐揚げ、焼きイカや干しイカも美味しいですよ」
「ふむ、美味しいのならば沢山釣っておこう」
次から次へと釣れたので、ニックの気晴らしという目的は達成する事が出来た。しかし、短時間で終わらせざるを得なかったのは計算外だった。釣れすぎて桶が一杯になってしまったのだ。
「もう入りませんね、一旦戻りましょう」
「もう終わりか。釣りというのは楽しい物だな」
ニックはすっかりと釣りが気に入ったようだ。まあ、あれだけポンポン釣れれば面白いと思うよな。
釣り竿を物置に戻し、桶をキッチンに持ち込んで次の作業にかかる。ネットでやり方を調べてイカを捌いていく。結構な量があったが、二人でやればそう時間はかからなかった。
捌いたイカを塩水に二十分程漬けてから水分を拭き取り、ざるの上に並べていく。それを縁側の風通しが良い所に置けばオッケー。
ここから四時間から十二時間干すのだけれど、迷い家さんにはそれを短縮する裏技が存在する。ニックを連れて迷い家から出て入り口を閉じる。すぐに開いて入りイカを確認すれば、程良い具合に水分が抜けていた。
ざるをキッチンに運んでイカを炙る。マヨネーズと一味唐辛子を準備して、ニックと一緒にいざ実食。
「あっ、美味しい」
「これは酒が欲しくなるな。マヨネーズや一味を付けるとまた違った美味しさが!」
味見で半身を食べたが、まだ結構な量のイカが残っている。家族で食べても余りそうだし、情報部に差し入れしようかな。




