第五百八話
「お父様・・・」
涙を流しながら飛び込んできた愛娘を優しく抱きしめるニック。静かなリビングにアーシャの泣き声だけが響く。
暫くして泣き止んだアーシャは母さんから渡されたハンカチで目元を拭くと俺の隣に戻ってきた。そして泣いたのを見られたのが恥ずかしかったのか、尻尾に顔を埋めてしまった。
「・・・まあ、そういう訳で私はスキルも使えないただのオジサンなのだ。働こうにも血統のせいでアルバイトすら出来ない」
「宮内省と外務省が全力で止めるでしょうねぇ。ニックが日本に居るだけで外交的な恩恵を受けるのだから」
空気を変える為か、軽い冗談を飛ばすニック。レジで皇帝陛下がレジ打ちやってるコンビニとか・・・珍しくて客が殺到するか畏れ多くて人が来ないかの二択だな。
「この身に流れる血に価値がある事は重々承知している。それが為に父祖たちは求められ追われてきたのだから」
皇帝家の正統を確保する事がロシア帝国を掌握する近道となる。長らく行方が知れなくなっていたとはいえ、皇帝家は国を牛耳る正統性を担保するに足りる権威なのだ。
「欲を言えばアーシャには血の軛から放ってやりたかった・・・」
「お父様、私達はそれに囚われない素敵な方々と出会えました。アーシャは今幸せですよ?」
「そうだな・・・二人の発病を知った時には神を恨み、アーシャが助かった時には神に感謝した。勝手に神を恨み感謝した私が神の使徒に助けられ、交流しているのだから人生とは面白いものだ」
アーシャが回復し話の区切りもついた。時間もそろそろ丁度よいので関中佐と合流する事にしようか。
「もうすぐ移動の時間なので戻ります。ダンジョンに入ったら迎えに来ます」
「もうそんな時間か。優、よろしく頼む」
迷い家の外に出た。関中佐は飲んでいたコーヒーのカップを置いて俺を見た。
「玉藻様、お目が赤くなっているようですが?」
「うむ、泣かされる話を聞いた故な・・・中佐、少し早めですが移動しましょう」
妖狐化と女性体を解いて男に戻り中佐と共に部屋を出る。部屋の扉を守っていた衛士さんに先導されてダンジョンの入り口に到着した。
ダンジョン前を守る衛士さんも以前迷い家に入った衛士さんになっている。彼らならば俺達がダンジョンに入った事を口外する事は無いだろう。
「中尉、念の為奥に移動しよう」
「了解です。突撃豚はお任せ下さい」
万が一誰かが侵入してきた時に備えて二階層への最短経路から外れた方向に進む。途中突進してきた突撃豚は俺が処理した。
中佐に戦う姿を見せていなかったので、この機に披露しておく。部下の戦い方を見ておいてもらった方が良いだろう。
突撃を大盾で受け止め、踵落としで倒す。突進を避け、横から双剣を振り下ろして倒す。斧槍を伸ばし、正面から突き刺して倒す。
最後に玉藻になり神炎で燃やし尽くす。モンスター相手に神炎使ったのは久々な気がする。最近食材の浄化にばかり使っていたような・・・
久しぶりにモンスター退治に使われた神炎さん。