第五百四話 とある陸軍士官学校寮にて
日時は少し戻り、試験の結果が返された日の夕方。士官学校の生徒が生活する寮の一室で与えられた二段ベッドの上で思考に沈む男がいた。
「おい辻谷、そろそろ食堂に行かないと混むぞ」
「ふあっ、ふあぁ。ありがとう、危うく熟睡する所だった」
辻谷は寝かかっていたと嘘をつき、大きな欠伸をしながら二段ベッドの上段から降りた。そのまま声をかけてくれた同期と食堂に向かう。
「こっちは予習復習に必死だって言うのに、辻谷は余裕だな」
「俺は上を目指してないから。そこそこの成績で事務方になれれば良いからな」
辻谷は同室の生徒にも優に対して言ったのと同じ内容を告げた。それを聞いた生徒は軽いため息をついた。
「はあっ、自己責任だから良いけど予科で脱落なんて事にならないようにな」
「ああ、気を付けるよ。おっ、今ならすぐ座れそうだ」
食堂に着いた二人はトレーを持って列に並ぶ。メニューは決まっていて、カウンターに沿って歩きながら置かれているご飯やおかずを自分で取っていく方式だ。
食堂は生徒全員が座れる程は広くない。なので混雑している時間帯に来ると席が空くまで料理が乗ったトレーを持って待たなければならなくなる。空いている席につき食べだすと、間をおかず席は全て埋まり空席待ちの生徒が増えてきた。
「おおっ、間一髪。起こしてくれてありがとうな」
「同室だしこれくらいはな」
待っている生徒が増えている現状、ノンビリ食べていては顰蹙を買う。二人は急いで食事を終えた。
「辻谷君、ちょっと良いかな?」
「えっ、ああ・・・」
食事を終えた辻谷に声をかけてきたのは、同じクラスの女子生徒だった。まさか女子に声をかけられるとは思ってもいなかった辻谷は戸惑いながらも了承した。
食器を返却口に返し、女子の後ろについて食堂の一角に向かう。この辺りは暗黙の了解で女子生徒が占有する事になっている男子にとっては禁足地と言える場所だった。
この寮では男子と女子の生活空間を分けてはいるが、行き来が出来ない訳ではなかった。一応女子の部屋は一つの区画に集められてはいたが男子も部屋の前まで行こうと思えば簡単に行けてしまう。
間違いがあったらどうするのだ!と思うかもしれないが、ダンジョンに潜れば男女が一つのテントを使う事もある。不届きな事をしでかす男子はここでやらかし除外され、その危険性を容認出来ない女子もまた弾かれる。
「辻谷君、ここでスキルを使って欲しいの。出来ればアラスカンマラミュートの子犬でお願い!」
「スキルを?まあ良いけど・・・」
リクエストに応えて子犬の人形を出すと、女子達から歓声が上がった。そして交代で人形を手に取り毛並みを堪能している。
学生寮とはいえ軍の施設。持ち込む荷物は厳しい審査が入る。人形やぬいぐるみなど持ち込めず可愛いに飢えていた女子は、それを補う辻谷という存在を見つけてしまった。
その後子猫や子狐など次々とされたリクエストに応えた辻谷は、入浴時間が来るまで開放されず男子生徒の羨望と怨嗟の視線に晒されたのだった。
作者「ひんしゅくなんて漢字、絶対に書けない」
優「読む事は出来ても書くのはなぁ・・・」




